第5話 自己紹介をしましょう、それは対人関係の第一歩です5

 火が作り出す明かりと熱は太古の時代から人間を安心させます。

 数多くの人間由来の生体部品を使っているM22にもそれは有効だったらしく火に照らされた顔に生体脳が心地よさを感じています。


 ただし青い髪の二人はそうではなかったようで、焚き火からは距離を取って(M22が)拾ってきた手頃な岩に座っています。

 女性の方はそうでもなさそうですが、男性の方が女性を焚き火には近づけさせないようにしているようです。


 まぁ彼が火をおこしたM22を見て、安全装置もない焚き火、と唖然とした表情で呟いていたので彼の星ではM22達は唖然とされるレベルの野蛮人という事なのでしょう。

 もともと日暮れ近くだった事、谷底にいる事、それらが重なって人工の明かりが存在しないエルダスパーク星ではあっという間に夜がきます。


 M22は暗闇の中であっても業務を遂行できますが、より安全を確保する為に焚き火を焚いたわけですが野蛮人扱いされてしまいました。

 ちなみに救援などの連絡はしていません、青い髪の男性に頑なに拒否されたからですが、焚き火を野蛮人のする事と思うような人間なら出来うる限り早急にすべきだと思うのですが。


 森下悟が男性の意思を尊重していなければM22が救援の連絡をしていた所です。

 それはともかく。


 M22が車から取り出したサバイバルキットでスープを作る間、女性は興味深げに焚き火で暖められるスープに視線を飛ばし、男性は警戒して(まぁ地面に転がされればそうなるでしょう)特にM22が取り上げた銃に視線を集中させます。

 森下悟は銃を返すように言いましたが断固拒否しました。


 森下悟はそんな二人とM22の間で困ったような笑みを浮かべています。

 困れば良いのです、存分に。


「とりあえず礼を言っておこう」


 青い髪の男がかなり警戒しながらM22からスープの入った銀色のカップを受け取り言いました。

 どう見ても礼を言う人間の視線ではないのですがM22は気にしません。


 青い髪の女性に同じようにスープを渡すとこちらは笑顔を浮かべて軽く頭を下げる事で感謝を表しました。

 まぁ実際は彼らの星では笑顔で頭を下げる事が感謝の表現ではなく侮蔑なのかもしれませんが。


「いえ、こちらこそ相棒が申し訳ない事を」


 と森下悟が自分の分のスープを先んじて啜りながら安全ですよアピールをしつつ男にロンドロス星語で謝罪します。

 恐らく焚き火を用意する間に脳にインストールしたのでしょう、若干顔色が悪いのはそのせいでしょう。


 こちらは助けた側なのですから、そこまでして謝る必要性など無いというのに。


「コイツは俺の相棒でM22と言います」


 だから私を相棒と呼ばないで欲しい、精一杯の抗議を込めた視線は完全に無視され、森下悟は改めて自己紹介をしました。

 つまりは地球という宇宙の片田舎にある出版社という極めて原始的な娯楽提供を主事業とする企業に所属していると。


 汎知性連合の新参者である地球の知名度は当然ながら宇宙の珍獣と並ぶ程度の物しかありません。

 ですのでM22は今回も宇宙港の入管で向けられる、あの胡散臭い物を見る時の目で見られるのだと思ったのですが、相手の反応は予想外のものでした。


 青い髪の女性が嬉しそうに、M22からすれば大げさすぎる程の笑顔を向けてきました。


「聞き間違えかと思ったのですが、やはり地球の方々だったのですね」


 両手を祈るように胸の前で合わせながら目をキラキラさせ地球言語でそう言う異星人の姿は一般常識から言えばかなり珍しいでしょう。

 ちなみに女性の姿はM22からは非常に見えにくいので、本当に嬉しそうなのかと問われるといつものように断言する事は出来ません。


 何故なら彼女はその全身を情報遮断フィールドで覆っているからです。そのおかげでM22の各センサーは彼女を一切捕らえる事が出来ないのです。

 唯一彼女を認識できるのは主な機能は飾りである二つの肉眼だけなのです。


 つまり彼女は機械相手であるなら完全な透明人間というわけです。勿論そんな物騒な物は汎知性連合であってもおいそれと手に入りません。

 情報遮断フィールドを使う護衛付きの異星人、どうした事でしょう? M22の常識という物がこの二人から早急に離れる事を推奨しています。


「私、地球のSF小説のファンなんです。ほら」


 M22が十二通りの離脱シナリオを検討し始める間に女性が一冊の本を取り出し森下悟に表紙を見せています。


「『地球幼年期の終わり』ですか」


 森下悟が表紙を見て困ったような顔をします。

 確かにそれは異星人に読まれるとちょっと恥ずかしい気持ちになってしまうSF小説としては中々の物でしょう。


 しかし女性はそんな森下悟の気持ちには気付かずに大事そうに本(驚くべき事に紙の本です)の表紙を撫でます。


「私の故郷ロンドロス星に似たような宗教がかつてあったのです。それにオーバーロードさんはまるで……」


 これはマズいやつだ、M22は瞬間スリープモードに入りそうになる電子脳にキックを入れます。

 オタクが語り出せば止まらなくなるのは宇宙的規模の常識です。


「お話しの所申し訳ないのですが」


 半ば無理矢理に割り込みます。

 話を遮られた女性が残念そうな顔をしますが無視します。森下悟まで釣られるように残念な顔になっていますが、コイツは状況を理解しているのだろうかという怒りを感じます。


 正体不明の二人組と焚き火を囲んでいる状況を温和なピクニックか何かと思っているのでしょうか?

 忘れているかもしれませんが一人は銃を持っていたのです。


「あなた方のお名前をうかがっても?」

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