第4話 自己紹介をしましょう、それは対人関係の第一歩です4
車を止め、屋根の上にしがみついている森下悟という名前の有機物を地面に降ろしたのは、それから三〇分程経った後でした。
なぜそんなに時間がかかったのかと言うと、運転手の男が頑なに草原の真ん中での停車を拒否したからです。
車を止めるまでの三〇分の間に、車と併走しながらこのブログの
戦闘警部ユニットの書くブログを読むような人間の為にさく労力なんて、効率的なif文の書き方を考えるプログラマーの労力並に無駄です。
それはともかく。
ようやく車を止めたのは観光用道路からも大きく外れた左右を切り立つ崖に囲まれた谷の底でした。
M22の常識的な感覚では極めて不自然であると言わなければなりません。
このブログの読者には常識等という物は備わっていないと思うのですが、M22はそこそこ高級な戦闘警備ユニットであるので各種常識がプリインストールされています。
医学的常識、経済的常識、戦闘行動における常識……そのほか数十における常識を持っているのです。
そういった常識に照らし合わせて考えると車の持ち主がすべき行動は、観光道路から外れた谷底に逃げ込む事ではなく、速やかに安全なホテルへと帰りシャワーでも浴びた後に、夕食の席で今日は本当にエキサイティングな事があったねと、あり得ただろう最悪の結果からは想像も付かない軽々しさで今日のことを振り返る、そういった行動なのです。
M22がそういった事を考えている間に運転手の男が車の扉を開けて降りてきました。
瞬間M22は戦闘警備ユニットのプロトコルに従って男と森下悟の間に立ちました。
いつもならプロトコルにいちいち従ったりしないのですがこの場合は別です、男の手には銃が握られているのですから。
銃口はこちらに向けられていませんが状況的には警戒するに十分です。
「右手を少しでも動かせば貴方を制圧します」
機先を制してそう警告しますが、男の方は何を言われたのか分からないようでした。
「ああ、すまな……」
M22は男に最後まで言わせませんでした。
こちらの警告にも関わらず不用意に右手を動かした自分自身を恨んで貰います。
有機素材で出来た脳には反応できない速度で男に近づきそのまま銃を持った右手を捻り上げます。
悲鳴を上げる男を無視してそのまま足を払い地面に転がしそのまま……。
「相棒!」
森下悟の声でM22の動きが止まります。
右足で地面に落ちた銃を押さえ、中途半端な状態で地面に転がした青い髪の男を見下ろします。
プロトコル外の制止に止まってしまった事が不愉快です、M22を相棒と呼ぶ事にも。
「この男は銃を持っています」
森下悟が度し難い観察力の低さを活かして銃を見逃している可能性を指摘してみます。
「分かってる、だけど大丈夫だその人を離してあげるんだ」
なんの根拠があって森下悟がそう言うのかM22は分かりません。分かりませんがM22の契約者で所有者である森下悟は大丈夫だと言います。
プロトコルがその言葉には従うなとM22にコードを送ってきます。
不愉快です、プロトコルと度が過ぎた楽観主義者にしか思えない森下悟、どちらが不愉快なのか分からないくらいに。
「その人は護衛だ、たぶん」
森下悟がちらりと黒いスモークに覆われた車の後部座席の窓に視線を向けます。
何を言っているのか? というのがM22の率直な感想でした。
M22の目は有機素材ですが、主な機能は飾りです。知覚系はその他多数のセンサーによって形成されており、そのいずれもが後部座席は無人であると判断しています。
M22はその事実を森下悟へ告げようと口を開こうとしました。
その直後でした、窓がゆっくりと開いたのは。
窓から顔を覗かせたのは、青い髪の女性でした。
とりあえずM22はセンサーの改良を後でやる事リストの先頭に追加しました。
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