第37話 直接対決


 屋上へ出ると、アンジェラはすでにいた。

 ピンクブロンドの髪を風になびかせ、私に微笑を向ける。


「ローズ。来てくれてうれしいわ」


「ええ。ところで、あなたの秘密って何かしら?」


「あら、いきなり本題? せっかちね」


 機嫌が良さそうに、彼女がクスクスと笑う。


「単刀直入に聞くわ。闇の星獣の卵は、どこで手に入れたの?」


 彼女がわずかに目を見開く。


「なぁんだ……もう色々と知っているのね。星獣と契約したから? あなたのお父様にはもう言ったのかしら。でも私を捕らえて体を調べても何も出ないわよ。闇の星獣は、隠れるのが上手なの」


「私の質問に答えて」


 ふふ、と彼女が笑った。


「卵はね、ガーネット子爵家にあったわ。代々の家宝よ。宿主が死ねば星獣はまた卵に戻るの」


 代々の家宝。

 宿主が死ねば卵に戻る?

 やっぱりガーネット子爵もこの件にかかわっているの?

 いいえ、代々のということは、子爵こそが首謀者なのかもしれない。


「あら、気づいた? 賢くなったのね。曾祖父の代からの恨みだのくだらない横恋慕の末の失恋だの、そんなもののために私は卵を植えつけられたの。どう、かわいそうでしょう?」


「……」


「でも、もっとかわいそうな子がいたわ。本当のアンジェラよ」


「……えっ?」


 何を、言ってるの?


「ガーネット子爵と子爵夫人の間に生まれた、私と同い年のピンクブロンドの女の子。十三歳で亡くなったわ。ああ、私も子爵の子よ。孤児院で育った私生児だけど」


 アンジェラは夫人の子ではなく、私生児?

 そして「アンジェラ」が他にもいた!?


「亡くなった夫人はよほど性格が良かったのかしら。お父様の娘とは思えないほどいい子だったわ。弟も、とてもいい子。闇の残滓を押しつけるためだけに引き取られた私に同情してくれた」


「……そのアンジェラの中で、闇の星獣が……?」


「ええ、そうよ。誰にも残滓を押しつけることなく、星獣が孵化して死んでしまったの。それはお父様への反抗だったのでしょうね。彼女はお父様を恨んでいたから。それなのに、闇の力でお父様を殺すこともできなかった、最期の瞬間までお父様を説得しようとしていた優しすぎる子よ」


「……そして子爵はその子の死を隠し、あなたを“アンジェラ”として育てて卵を植えつけたのね」


 私は幼い頃のアンジェラに会ったことはない。

 病弱だということで、アンジェラは一族の集まりにも出ていなかった。

 いつの間にか、入れ替わっていたなんて。


「ええ。でも私は彼女のように優しくないから、お父様が自立支援という名のもとにかき集めた身寄りのない精霊術師に残滓を押しつけてきたわ。家から滅多に出ない、限られた人にしか会わない生活だと卵の精神作用も少ないから、澱もたいした量ではなかったけど」


「どうやって、私やほかの精霊術師に残滓を押しつけてきたの?」


「そう難しいことじゃないわ。ほら、この指輪。残滓を排出する魔道具だけど、これで触れることで押しつけることができるの。闇の残滓だけはね」


 ハート形の石がついた、アンジェラの指輪。

 彼女はいつもこの指輪を小指にはめていた。ボディタッチも多かった。

 たしかに残滓を排出する魔道具は存在するけれど、排出してもすぐに残滓が本人に戻ってしまうということで研究段階で止まっていた。

 それがこんな使われ方をしていたなんて……。


「でもね。心に作用する闇の残滓だから、相手が私に対して心を開いていなければ押しつけられないの。それなのにひどいわローズ。精霊術師としての器が桁違いのあなたがいたからとても助かっていたのに、突然心を閉ざすなんて」


 ああ、だから。

 回帰後に私に押しつけられなくなったから、複数の精霊術師に押しつけていた。


「……アンジェラ」


「なあに?」


「今からでも遅くないわ。私と一緒に精霊省に行きましょう。あなたは私を殺そうとしていたわけじゃないし、首謀者である子爵の企みを詳しく話せば、あなた自身は軽い罪で済むはずよ。闇の星獣も、私の光の星獣でどうにかできるかもしれない」


 私がそう言うと――アンジェラの瞳が真っ黒に染まった。

 そして壊れたように笑いだす。

 私はその笑い声を、ただ黙って聞いていた。


「あはは、ふふっ、うふふ……ねぇ、ローズ」


 アンジェラが、私に向かって手を伸ばす。

 悪寒が走って、体の自由がきかなくなる。


「アンジェ、……!」


 顔の下半分を覆うように黒いもやもやしたものが巻きついて、声も出せなくなる。

 ――闇の星獣の力。

 やっぱりすでに孵化していたんだ。


「ローズ。それじゃあダメなの。私はあくまで人気者かつかわいそうな被害者、あなたは私をいじめる加害者でいなきゃ。あなたが私を救う慈悲深い女神になっては、困るのよ」


「うう……っ」


「星獣を召喚するには名前を呼ばないといけないのに、それじゃあ呼べないわねえ。普通の精霊術では闇の力に対抗できないわよ」


 クスクスとアンジェラが笑う。


 ……そうね。あなたはそういう人だったわね。

 あらためて思い出させてくれてありがとう。すっきりしたわ。

 一番穏便に解決できるであろう提案すら拒んで、何が何でも私を貶めたいというのなら。

 私ももう躊躇わない。 


 今までで最大のぐぬぬ顔をしてもらうわ、アンジェラ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る