第36話 彼女からのお誘い
いつもより早く教室に着いてぼんやりしていると、ミランダ嬢とクリスティーナ嬢が声をかけてくれた。
シェリル嬢も合流して、授業が始まる前のひととき、おしゃべりに興じる。
精霊之書を読んだ後――ここ数日間は気が張っていたし気分が重かったから、他愛のない会話をとても楽しく感じた。
今日はなぜか他の令嬢たちも自然に混ざってきて、私の周りに人が集まる。星獣の話を聞きたくてうずうずしていたらしい。
そういえば前回、アンジェラが星獣との契約後に久しぶりに登校した日、こうして人に囲まれていたわね。
そう、それはちょうど今日だった。
授業開始まであと少しという時間になって、アンジェラが一週間ぶりに教室に姿を現す。
私と私を取り囲む人たちを見る彼女の口元には笑みが浮かんでいるけれど、目は笑っていない。
皆が席に着き、いつも通りアンジェラが隣に座った。
そこで聞こえてきた「契約者になれなかったからって当てつけのように一週間も休むなんて」という声。
……イライザ嬢。隣の女子生徒があわてて止める。
きっと彼女は精霊術の残滓を押しつけられてイライラしていて、それに加えて婚約者の件もあるからこんな感じなのだろうけど。
アンジェラが残滓を処理しきれていない可能性もある。
回帰前の私と同じように、より嫌われやすくなっている状態なのかもしれない。
だとしたら判断力の低下や苛立ちなどもあるはずだけど、イライザ嬢にあんなことを言われても内心はどうであれ表面上は怒っている様子を見せないというのは、さすがだと思う。
でも。
やっぱり、アンジェラのまとう雰囲気は、どこか不穏に感じる。
昼休みにアンジェラがふらりとどこかへ行った以外、いつも通りに学園での時間が過ぎていく。
そうして今日最後の授業を受けていたとき。
教師が後ろを向いた隙に、アンジェラが私の目の前に何かを置いた。
驚いて机の上を見ると、それは愛らしいメモ用紙を折りたたんだものだった。
隣を見ると、いつもの笑顔。仲が良かった頃、筆談を楽しんでいたときのような。
紙をそっと開く。
そこには、こう書かれていた。
『親友のあなたに、私の大事な秘密を話したいの。
他の人には聞かれたくないから、放課後、一人で屋上へ来てくれない?
鍵は私が開けておくから』
と。
これは……。
危険な匂いしかしない。
鍵を持っているのは、教師と生徒会長・副会長。
生徒会長である殿下がアンジェラに鍵を渡すと思えないから、副会長? そういえば学年は違うけどその人もアンジェラのファンだった。
昼休みにいなくなったのは、その人から鍵を受け取ったのか、こっそり開けてもらう約束を取り付けたのか。
再度、隣を見る。
やっぱり、アンジェラは笑顔だった。
その瞳を見て、私は息をのむ。
彼女の赤みがかった茶色の瞳が、闇の色――真っ黒に染まっていたから。
私の視線に気づいたのか、彼女がふい、と顔をそむけた。瞳の色はもう戻っている。
……すでに、孵化しているの? それとも孵化しかけている?
いずれにしろ、もうアンジェラは限界に近い気がする。私がさんざんぐぬぬ顔をさせてきたから、彼女の心はじゅうぶんすぎるほど闇に染まっているだろう。
決着をつけるべき時が、来たのかもしれない。
私はアンジェラに気づかれないよう、鞄の中にそっと手を入れた。
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