第33話 精霊術師


 アンジェラが学校を休んでもう三日目。

 星獣に選ばれなかったのがショックで? なんて言う人もいるけど、前回も契約者選定の儀の直後に一週間ほど休んでいたので驚きはない。

 ただ、今になってみるとそれも何かある気がする……。

 前回はお見舞いに行こうとしたら「お嬢様に病気がうつってはいけませんので」と子爵に断られた。


 ひとまず、アンジェラの休みは置いておくとして。

 今は目の前のこの事態に戸惑っている。

 女子生徒が二人、休み時間に突然言い争いを始めた。

 周囲が止めてもお互いにヒートアップしていてなかなか止まらない。二人ともそんなに血の気の多い性格じゃなかった気がするし、前回はこんなことは起こらなかった。

 そういえば二人とも、アンジェラとそれなりに仲がいい子たちだわ。シェリル嬢にミランダ嬢とクリスティーナ嬢を紹介してもらった日も、アンジェラと仲良さげに話していた。

 彼女は誰とでも仲がいいから、それ自体は珍しくはないのだけど。

 ……二人とも、精霊術師なのよね。

 そこがやけに引っかかる。



 放課後、リアムとともにいつものカフェに寄った。

 さすがはアメイシス家経営の人気のカフェ、今日も紅茶とケーキが美味しい。


「写生は進んだか?」

 

「ええ、今日はアンジェラがいないから伸び伸び描けたわ。ただ、遅れ気味だから家でも描こうと思っているの」


「俺も持ち帰って適当に描くことにしたよ。絵はいまだに苦手なんだ」


 たしかに、一年生の頃にリアムの絵をたまたま見たことがあったけれど、なんというかかわいらしい絵だった。

 魔術師としてすでに一流、頭の良さは言うまでもなく運動神経もいいリアムにも苦手なことがあるのね。

 そう考えるとちょっとかわいらしく思えてくる。

 意外と甘党なところもかわいい。

 って、私ったら何を考えてるの。誤魔化すように紅茶を一口飲んで、先日抱いた精霊術と星獣に関する疑問をリアムに打ち明けた。


「そうだな。俺も同じ考えだ。もちろんローゼリアが努力で手に入れたことも多いが、少なくとも精霊術や星獣に関してはもともとこうなる運命だったと思っている」


「そうね……」


「それと。さっきの喧嘩、見てたよな」


「精霊術師の女子生徒二人ね」


「ああ。あと、模擬舞踏会でアンジェラにジュースをぶっかけたのも精霊術師だよな?」


「あっ……」


 イライザ嬢。

 あの時は気にしなかったけれど、彼女も精霊術師だ。

 そういえば、あんなことがあるまで彼女もアンジェラとはそれなりに仲が良かった気がする……?


「少し探ってみたが、他学年で精霊術師が騒ぎを起こした様子は今のところなさそうだ。アンジェラの周囲の精霊術師だけがおかしくなっている。精霊術師は人数が少ないのに、何かきな臭いよな」


「……」


「一番気になるのは、彼女たちがイライラした様子だということかな。心当たりがないか?」


「!」


 アンジェラの周囲で、イライラしている精霊術師って。


「回帰前の、私……!?」


 リアムがうなずく。


「回帰後、ローゼリアは自分らしさを保っている。その代わり、別の精霊術師、それも複数がちょっとおかしくなっている。回帰前にローゼリアをおかしくしていた何かが、他の精霊術師に悪い影響を与えているんじゃないのか?」


「その何かに私が影響されなくなったから、代わりにアンジェラが他の精霊術師に? でも、なぜそんなことをする必要があるのかしら。たとえ回帰の影響か何かで私に悪影響を及ぼすことができなくなったのだとしても、他の精霊術師に悪影響を及ぼしてもいいことなんてないでしょうに」


 実際に、アンジェラはイライザ嬢にジュースをかけられた。

 あれは狙ってそうさせたわけじゃなく、アンジェラにとっても予想外の出来事だったと思う。


「精霊術が専門外の俺にはこれ以上はなんとも言えない。……ルビーノ公爵に相談することも視野に入れた方がいいのかもしれないな」


「そうね……私もそれは考えてはいたわ」


 一応、精霊術師の開花の阻害については少し訊いてみたけれど、やっぱりそういう精霊術はないという話だった。


「どこまで話すか、それも悩ましいわね。私が一度死んだということまで話すかどうか」


「ショックを受けるだろうしな。ただ、思っていたよりも厄介な事態で精霊術師にかかわることのようだから、必ずどこかで協力を仰ぐ必要が出てくるんじゃないかと思っている」


「ええ」


 そこで会話が途切れる。

 しばらく考え込んでいたリアムは、真剣な顔で「ローゼリア」と呼び掛けてきた。


「うん?」


「……前回、アンジェラは君を陥れようとはしつつも、積極的に加害しようとはしなかった。ただ、今回もそうだとは限らない。気をつけてくれ」


「ええ。星獣スノウもいるとはいえ、油断しないようにするわ」


「ああ。本当に、自分の安全を一番に考えてくれ。俺はもう……君の時を戻してやれないから」


「そうなの?」


「一度砂時計を使った術者は、二度と使えないんだ。砂時計が憶えていて、同じ力を拒否するらしい」


「そんな制約があるのね」


 たしかに、回帰なんて奇跡の御業よね。それを何度も使えるはずがない。


「貴重な一回を使わせてしまったのね」


 リアムが首を振る。


「少しも後悔なんてしていない。君を蘇らせることができたんだから」


「あ、ありがとう」

 

 真剣な瞳に落ち着かない気持ちになって、少し目をそらす。

 また、リアムが少し考え込んだ。


「……女神の砂時計について、俺は一つ謝らなければならないことがある」


「えっ、何?」


「砂時計はルビーノ公爵が手に入れて、入手先は不明だと言ったよな」


「ええ」


「たしかにルビーノ公爵は入手先を俺に言わなかった。ただ……君が死んでから砂時計入手までの早さを考えると、あれはおそらく王家の宝物庫にあったんじゃないかと考えている」


「王家の宝物庫に……?」


 たしかに、貴重な女神の聖遺物だもの、市場に出回るようなものじゃない。

 王家が保管していたと考えてもおかしくはない。


「それを公爵が入手した経緯はわからない。四大公爵家同士が敵対し国内の勢力バランスが崩れることを懸念した陛下が貸してくださったというのが可能性としては一番高いと思っているが。……第二王子が、あの場を収められず君を死なせてしまった罪悪感から持ち出したという可能性も捨てきれていない」


 殿下が?

 そういえばリアムは、殿下が罪悪感からか事件について調べていたと言っていたわね。

 でも。


「それがなぜ謝らなければいけないことなの?」


「それは……。おそらくそうだろうと思っていたのに、言わなかったから……」


 リアムにしてははっきりとしない物言いで、気まずそうに下を向いた。

 回帰前なら「殿下が私のために!?」と喜んだかもしれないけれど、今は感謝以上の感情は湧いてこない。


「その推測が合っているなら、陛下や殿下に対してとてもありがたいと思うわ。憶えていないでしょうから、お礼を述べることも確かめることもできないけれど。でも……その考えを話さなかったからって、別に謝られるようなことじゃないわよ?」


 彼が顔を上げる。


「入手経路については、どうでもいいとは言わないけれど重要ではないわ。だから謝罪なんていらない。私はただ、私を回帰させてくれて今もこうして助けてくれるあなたにとても感謝しているの」


 そう言って笑顔を見せると、彼もようやく微笑した。


「ありがとう。ちょっと胸のつかえがとれた」


「ふふ、それなら良かったわ」


「俺はアンジェラとの決着がつくまで、君を助ける。どんなことでもいいから、俺にできることは言ってくれ」


「ありがとう。本当に、心から感謝しているわ」


 私がそう言うと、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「そんなに感謝してくれているなら、決着がついた後に俺の願いを一つだけ聞いてくれるか?」


「? ええ、もちろん。私にできることなら」


「無茶なことでもないし、もちろん変態的なことでもないから安心してくれ」


「ふふ、あなたがそんなことを言うなんて思っていないわ。決着がついた後にあなたの願いを教えてね」


「ああ」


 ――決着、か。

 最初はぐぬぬ顔をさせて悪事を暴ければいいと思っていたけれど、思っていたよりも大ごとになりそう。

 でも、どんな形であれ、彼女とは決着をつけなければならない。

 そして――私は、負けない。

 

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