第32話 正式契約


 どうして猫なんだろう。

 アンジェラと契約したときは犬だったのに。

 ただ、白い被毛に金色の瞳という点では同じ。


「ほう……猫か。ちょっと目つきが悪いがかわいい猫だ、うん」


「ええ、とてもかわいらしいですわ」


「猫のかわいさよりも色を見てください、お二人とも」


 お兄様にそう言われ、お父様がはっとする。


「白の被毛と金の瞳。……まさか光属性か!?」


「そうでしょうね」


 お兄様が懐から小さな石を取り出す。

 その石を猫にかざすと、白く光り輝いた。


「精霊石も光属性を示しています」


「光属性なんて珍しいわね。すごいじゃないの、ローゼリア」


「ありがとうございます。うれしいです」


「なんだ、驚かないんだなあ」


 お兄様の言葉にぎくりとする。


「あー、いえ、びっくりしすぎて上手く反応できませんでした」


 お父様がそわそわしながら猫に近づく。


「光属性……本当にすごいぞ。たしか前回の出現は二百年も前だ。まさかこの目で光の星獣を見られるとは」


 そう言ってお父様がそっと猫に手を伸ばす。

 その手を猫がぺしっと叩いた。


「おお、これが噂の猫パンチか。かわいいなあ、ははっ」


「父上、猫を楽しんでいる場合ではありません。ローズ、名前をつけてやるんだ。そうすることで正式契約となる」


「え、ええ」


 お父様に代わって台座に座る猫の前にしゃがみ込む。

 猫は私を見ると、すっと目を細めた。


「猫がそうやって目を細めるのは好きという合図よ。わたくし、子供のころに猫を飼っていたの」


「そうなんですね。かわいい……。えっと、名前。じゃあ『しろ』はどうかな」


 猫がぷいっと横を向く。

 気に入らなかったらしい。


「ははは、安直すぎて気に入らないらしいぞローズ」


「もうちょっと立派な名前にしてあげなさい。星獣に性別はないから、中性的な名前がいいだろう」


「うーん、そうなんですね。光属性だから『シャイン』?」


『ンー……』


 初めて猫が鳴く。

 可もなく不可もなく、なのかな。


「じゃあ真っ白で雪のようにきれいだから『スノウ』なんてどうかな?」


『ニャー』


「気に入ったの?」


『ニャー』


 光属性なのにスノウとは、と思うけど、本人、本猫? が気に入ったならそれでいっか。


「じゃああなたはスノウね。よろしく」


 私が手を差し出すと、猫がその上にまえあしをのせた。

 触れ合った場所が光り、なんともいえない感覚が体の中を駆け巡る。

 やがて光が消え、猫が手を引っ込めて何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。


「正式契約おめでとう、ローズ」


「おめでとう。なんだか感動してしまったわ」


「よくやったぞ、ローゼリア」


「ありがとうございます」


 正式に契約したことで、ようやく少し安心する。

 スノウを撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らした。かわいい。


「……ところで、お父様。契約者が違えば星獣の姿が異なる、なんてことはありますか?」


 私がそう言うと、お父様は少しの間考え込んだ。


「星獣が契約者を変えることなどないから、なんとも言えないが。ただ、人間界における星獣の姿は仮の姿と言われている。実体として人間界にとどまるために動物の姿をとっているだけらしいから、あり得ない話ではないかな」


「星獣は好きな動物の姿をしていると言う契約者が大半だというしなぁ。契約者の好みに合わせてるんじゃないか?」


 アンジェラは犬好きで私は猫好きだったから姿が違うってことかな。

 たしかに小さい頃、猫を飼ってみたかった。

 お父様が猫アレルギーだとわかってあきらめたのだけど。


「そういえばお父様。猫アレルギーは大丈夫なんですか?」


「大丈夫だな。やはり本当の猫とは違うのだろう」


 お父様が「猫に触れるなんてな、猫はかわいいな~」とスノウに指を向ける。

 スノウがその指先に鼻を近づけてくんくんとにおいを嗅いだ。


「まあ食事や排せつもしないし、なんなら僕の星獣アクアは空も飛べる。動物とは違うさ」


「スノウもそのうち空を飛ぶのかしら……」


「そうなるかもしれないな。星獣がすべての能力を発揮できるまでは数年かかるから、焦らずにな」


「はいお父様」


 スノウが眠そうなのでゆっくり休ませようとその場は解散したのだけど、部屋に戻る私の後ろをスノウがトコトコとついてくる。

 精霊界に帰らなくていいのかしら?

 お兄様のアクアは精霊界にいることが多いけれど、お父様のティトは人間界を飛び回っているというし、好みの問題なのかもしれない。

 部屋の扉を開けるとスノウが素早く部屋に入って、広いベッドのど真ん中に寝転がった。


「えぇ……?」


 結局そのまま寝てしまい、私はベッドの端で寝る羽目になった。

 生まれたてだから、疲れているのかもしれない。

 できればもうちょっと端に寄ってほしかったけど……。


「それにしても。どうしてあなたは前回はアンジェラを、今回は私を選んだの?」


 腹を上にして寝るスノウからは、当然返事はない。

 ヒゲをピクピク震わせながら、小さく寝言を言うばかり。


「あなたに前回の記憶があるわけじゃないし、訊いても無駄よね」


 ため息まじりに、そう独り言ちた。


 今回私が選ばれたのは、開花後だからという理由だけではない気がする。

 開花前の精霊術師が星獣に選ばれた例も少なくないし。

 じゃあ、前回と今回の差は何?

 そもそも、勉強や交友関係についてはわかるけど、なぜ精霊術までもが前回とこんなに違うの。

 精霊術は結局才能によるところが大きいから、練習の成果とも思えない。

 ――逆に考えたら、どうだろう。

 私の精霊術が開花し、星獣に選ばれたのが本来の運命だったとしたら。

 前回、何らかの要因によって、私の精霊術師としての開花も星獣との契約も阻害されていた?


 それは……アンジェラが何かしていたからなの?

 精霊術や星獣に関してだけでなく、前回はいろいろと不自然だったとリアムも言っていた。


 もし、そうなのだとしたら。そこまでのことを、アンジェラができるのだとしたら。

 私とリアムだけでどうこうできる問題ではないのかもしれない――。

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