第31話 光の星獣


 ついにこの日がやってきた。


 星獣の契約者選定の儀。


 年齢条件に合う精霊術師たちが精霊省本部へと赴き、契約の間に集結した。

 円形の部屋の中央に鎮座する人の顔ほどの大きさの卵を、若い精霊術師たちが囲んでいるという状況。

 ――あの卵の中に、光の星獣がいる。


 星獣は精霊と似て非なるもの。

 いずれかの属性を持ち、精霊術師の働きかけに応じてその力を振るうところは同じだけど、精霊と違って星獣には実体がある。

 人間と契約しなければ人間界に留まれないため、精霊術師と契約してその契約者にのみ力を貸す。精霊界と人間界を行き来できる、半精霊・半獣といった生物。

 一方、精霊は働きかけには応じるけれど、特定の人間と契約はしない。

 力の種類も異なっていて、精霊の力は攻撃には向かず、星獣はどちらかというと攻撃型。

 精霊術師の苦手分野を補うという点では、星獣は非常に貴重な存在。

 ただ、それ以上に一番優秀な精霊術師の証としての意味合いが強い。


 前回は選ばれずにとてもショックを受け、アンジェラに嫉妬したのよね。

 その経緯もひどかった。

 星獣の卵が私の方にふよふよとゆっくり飛んできて、選ばれたのだと喜んだその瞬間、方向を変えてアンジェラの手の中に納まったんだから。

 フェイントって意地悪すぎない? あの時の恥ずかしさったらなかったわ。


 そうやって過去に思いを馳せているうちに、どこからともなく鈴の音が響き渡る。

 契約者選定の儀の開始を知らせる合図。


「準備が整いました。若き精霊術師の皆様、心を落ち着けて静かにお待ちください。星獣の卵は契約者となるべき者のもとへ自らやってきます」


 精霊省の職員の言葉に、場が静まり返る。

 リーンリーンという鈴の音が響き続けた。

 そして、卵がふわりと台座から浮く。

 卵がゆっくりと私のほうへと向かってくる。そう、前回と同じく。

 ここから方向転換……することなく、卵はゆっくりと私の手の中に納まった。


 ――選ばれた? 私が、星獣に?

 手の中から抜け出してまたアンジェラのほうに行ったりしない?


 しばらく呆然と卵を見つめていたけれど、歓声が沸き起こって我に返る。

 卵は、もう動かない。ただ私に静かに抱えられていた。

 私が……星獣を手に入れた。前回と違って開花していたからなの?

 そう思ってアンジェラを見ると、彼女はぐぬぬ顔ではなく薄ら笑いを浮かべていた。

 こ、怖い……。

 最近、なんだかアンジェラが怖い気がする。こう言ってはなんだけど、不気味だわ。

 わき起こる拍手と歓声をどこか遠くに感じながら、儀式は終了した。


 卵を大事に抱えながら、馬車でルビーノ邸へと戻る。

 こんな感じで運んでいて強盗にでも襲われたら、と思うけれど、星獣の卵は人間には壊せないというし、たとえ奪われても契約者として選んだ人間のもとに戻ってくるらしい。

 卵はほんのり温かくて、抱えているとなぜか心が落ち着く。

  

 卵を家に持ち帰ると、お母様は安心した様子を見せ、仕事から帰ってきたお父様はたいそう喜んだ。


「すごいじゃないか、ローゼリア。アイザックに続いてお前も選ばれるとは。私も契約者だし、これでルビーノ家は三体の星獣を保持することになる」


「わたくしは栄誉よりも、ローゼリアがうれしそうなのがうれしいわ」


「ありがとうございます」


「おそらく今日中には孵化ふかするだろう。今は仮契約の状態で、星獣が生まれれば正式に契約となる。もうすぐアイザックも帰ってくるし、皆で見守ろう」

  

「はい」


 星獣の卵に関しては私以上にお父様がそわそわしていて、夕食時のダイニングルームはテーブルの脇に卵を置いた状態で食事をするという異様な光景に包まれた。

 その後みんなで居間パーラーに移動して、雑談をしながら卵を見守る。


「……むっ、今、卵が動いた気がする」


「まあ、あなたったら。それを仰るのはこれで五回目ですわ」


「そ、そうか」


 落ち着かない様子のお父様に、思わず笑ってしまう。


「何属性で、どんな姿なんだろうなあ」


 お兄様がしげしげと卵を見ながら言う。

 光属性で大型犬のようだと私は知っているけれど、もちろん黙っていた。


「お兄様の水の星獣は狼の姿で、お父様の風の星獣は鳥でしたよね」


「そうだな。私の風の星獣は、普段は小鳥の姿だが巨大な鳥にもなれるんだ。魔力の消耗が激しいのであまりやらないがな」


 そう言って、お父様は「ティト」と星獣の名を呼ぶ。

 インコに似た黄緑色の小鳥がどこからともなくすうっと現れて、お父様の肩にとまった。

 契約者が呼ぶと、星獣はこうして現れる。

 精霊界にいるときは精霊界から、人間界にいるときはいったん精霊界を通って契約者のもとに来る。

 精霊界からは人間界の好きな場所に移動できるらしい。

 お父様が「お疲れ様」と言うと、小鳥ティトは姿を消した。精霊界に戻ったのだろう。


「むっ、今、卵が動かなかったか」


「六回目ですわあなた」


「そ、そうか」


 私は立ち上がり、台座に置かれている卵に近づく。

 この状態から契約者を変更することなんてないとはいえ、やっぱり不安になる。

 卵にそっと触れると、不思議と心が落ち着いた。

 とそこで、卵が本当にぴくりと動く。


「あっ……今、本当に動きました」


「何! ついにか!」


「まあ、わたくしまで緊張してしまうわ」


「ついに孵化するのか!」


 ぴし、ぴし、と卵にヒビが入る。

 ぱらぱらと卵殻らんかくが崩れ落ち、中から出てきたのは。


「白い……猫?」


 美しい白い被毛に、金色の瞳。

 しなやかな体はすでに成猫のそれで、こう言ってはなんだけどどこかふてぶてしい面構えをしている。


「ねこ……」


 私がもう一度つぶやくと、猫が大きくあくびをした。

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