第30話 彼の目指す道


 これが回帰前なら、飛び上がらんばかりに喜んだだろうと思う。

 でも、今はなるべく殿下を避けたい。悪目立ちしたくないし。

 とはいえ、貴族である以上、王子殿下のダンスの申し込みを断ることなんてできない。

 私は差し出された手を取った。


「ええ、もちろん、喜んでお受けいたします」


 殿下がふっと笑う。


「王子であることを喜ぶべきか、悲しむべきか」


 私の内心を見抜いたかのようなその言葉にドキッとする。

 殿下が私を会場の中央へと連れていくと、周囲もペアを作り始めた。

 中断していた音楽も再開し、ダンスが始まる。

 隙が無く、冷静で、リードも上手い完璧なダンス、なのだと思う。殿下らしいなと思った。

 それはいいとして。なんでそんなに見つめてくるの……。

 耐え切れず私の方が目をそらすと、殿下がまた小さく笑った。


「君はどんどん良い方向に変わっていくね。勉強だけでなく精霊術もあんなに上達しているとは」


 音楽に紛れるほど小さな声で、殿下が話しかけてくる。


「恐れ入ります」


「男性の好みまで変わったようだけど」


 そんなことを言われて、動揺のあまり大きくバランスを崩して転びそうになる。

 力強い手と腕が私を支えて、なんとか転ばずに済んだ。


「大丈夫?」


「……あ、ありがとうございます」


「まさかそんなに動揺するとは。ごめんね」


「いえ……」


 またからかわれているんだろうか。

 以前は気づかなかったけど、殿下ってわりとくせのある性格をしているわね。


「私を追いかけなくなったということは、もう私に興味がなくなったってことだよね?」


 なんでそんなこと聞くの!?

  

「……あれは迷惑行為でしたから、やめたのです」


「迷惑というか、まあたしかにちょっと面倒だったよね」


 でしょうね。


「でも君が思うほど、私は君を嫌っていたわけじゃないよ」


「えっ……」


 嫌っていなかった?

 この言い方からするとちょっとは嫌いだったとも取れるけど。

 そう思って見上げると、殿下がにこりと笑う。

 そこでちょうど曲が終わり、会話もそこまでになった。

 お互いにお辞儀して、私は壁際に引っ込む。

 疲れた……いろいろと。会話しながら踊るのも、殿下の意味深なのかそうじゃないのかよくわからない言葉も。


「お疲れ様」


 飲み物を差し出してくれたのは、いつの間にか傍に来ていたリアムだった。

 もちろん、アンジェラのときと違って素直に受け取る。


「ありがとう」 

 

 緊張と疲労で渇いた喉を、さわやかな柑橘系の果実水が潤す。

 すべて飲み干すと、空のグラスをリアムが受け取り、近くにいた給仕に渡した。


「そろそろ模擬舞踏会も終わりだな」


「そうね。疲れたわ……いろいろと」


「王子とは……」


「?」


「……いや。なんでもない」


 リアムが黙り込む。

 模擬舞踏会の終わりまで、彼は無口だった。

 それは帰りの馬車に乗ってからも同じで、会話が弾まない。不機嫌そうというわけではないのだけど、考え事をしているように見える。

 このまま邪魔しないほうがいいのかなと黙っていると。


「ローゼリア」


「なあに?」


「……隣に座ってもいいか?」


「! え、ええ、もちろん」


 なぜか動揺してしまう。

 隣に座るくらい、別にどうってことないわよね……?

 向かいに座っていたリアムが移動して私の隣に来る。

 ちらりと横を見ると、リアムの綺麗な横顔が目に入って急に緊張してしまった。


「そ、そういえば。前回、なぜリアムは飛び入学したのか聞いてもいい?」


 緊張をごまかすように、以前から気になっていたことを口にする。

 リアムは少しの沈黙のあと、前を向いたまま口を開いた。


「……次期アメイシス公爵として認められたかったんだ。俺が十八歳になったら跡継ぎをどちらにするか決めると言われていたから、少しでも優秀なところを見せておかなければと。通常四年間ある学院も二年で卒業するつもりだった」


「そうだったのね」


「兄上には申し訳ないと思いつつも、俺には魔力以外、確たるものは何もなかったから」


「……」


 彼は庶子という立場にずっと不安を感じてきたんだろうか。

 彼ほどの魔力があれば身を立てるのには困らないとはいえ、いろいろと複雑な思いを抱えているのだろうと思う。


「回帰してからは、前回は避けてきた兄上と接する時間をなるべく作ってきた。兄上はアメイシス公爵になるよりも、静かに暮らしたいと言っている。ただ、俺に遠慮してそう言っている可能性もないわけではないから、禍根を残さないためにも兄上の気持ちをしっかりと確認していくつもりだ」


「……ええ」


「前回は焦って公爵になることばかり考えて、守るべき君を守れなかった。本当に後悔している」


「それについては気に病まないでほしいの。あんなことになるなんて、私自身も思っていなかったのだから。それに今だって、助けてもらえるのが当たり前だなんて思っていないわ」


「俺にとっては当たり前のことだ」


 そう言って、彼が私を見る。

 日が落ち始めた馬車の中、私を見つめる紫の瞳は、怖いくらいに美しかった。


「……ローゼリア」


「うん……?」


「……俺は」


 彼が何か言いかけたところで、馬車が停まる。

 ルビーノ公爵邸に着いたらしい。

 ノックのあとに御者が扉を開け、リアムがまず降りた。

 私は差し出された彼の手を借りて降りる。


「さっき、何を言いかけていたの?」


「……。俺はやっぱり今回も公爵を目指すという話だよ。飛び入学はしないけど」


「そうなのね」


「一介の魔術師では……何もできないから」


「何もできない?」


 リアムは答えず、微苦笑する。

 彼は玄関ホールまで私を送ると、「じゃあ、また」と馬車に乗って帰っていった。

 

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