第26話 星獣の卵


「八年ぶりに星獣の卵が生まれたそうだ」


 夕食の席でのお父様の言葉に、ついに来た、と思う。

 ――星獣の卵。

 精霊界とつながっていると言われる精霊樹の根本に不定期に現れる卵で、その卵から生まれた星獣は十五歳から十九歳までの精霊術師の誰かと必ず契約する。

 八年前に現れた水の星獣はお兄様と契約した。

 どんな属性の星獣かは生まれてみなければわからないけれど、私は今回現れた星獣の卵が何の属性かを知っている。


 世にも珍しい光属性。


 最初の精霊と言われる光と闇の精霊はこの世界から去ったと言われているから、唯一光属性を持つ存在ということになる。

 その光の星獣は前回の生で、アンジェラと契約した。

 真っ白な大型犬に似た星獣で、アンジェラが呼ぶといつでも駆けつけた。

 もちろん、星獣の契約者となった彼女の人気はうなぎ上り。


 今でもよく憶えている。

 星獣の卵がアンジェラを選び、ルビーノの直系なのに傍系に負けたと囁かれたあの日。

 初めてアンジェラに対して激しく嫉妬した。


 今回もあんな思いを味わうんだろうか。

 ……ううん、星獣と契約できなくたって、私は私。

 そしてアンジェラが星獣と契約したからって、彼女の本性を暴けないわけじゃない。

 落ち着かなきゃ。


「ローゼリア? 緊張しているのか?」


 お父様の言葉にはっと顔を上げる。

 お母様も心配そうな顔で私を見ていた。


「あー、ええ、そうですね。私は精霊術師として未熟なままですから、おそらく契約者にはなれないのではないかと……」


「ふむ……。星獣はたしかに貴重な存在だが、契約しなくとも精霊術にはなんの支障もない。精霊術師の苦手分野である攻撃においては有用だが、それも高位の精霊術師になるために必須なわけではない。だから、そう重く考えることはない」


「……はい」


 たしかに、星獣がいなくても精霊術師として困ることはない。

 ただ、星獣に選ばれるということは、その世代で一番優秀な精霊術師であるという証明になる。精霊術師にとって大いなる栄誉となるのは間違いない。

 ましてや光の星獣。前回現れたのは……たしか二百年前だったかしら。


「ローズはあれから精霊術の練習をしているよな。気になるなら親和力を測ってみるかい?」


 お兄様の言葉に、首を振る。


「お兄様の勤める精霊省は星獣の卵の見張りと契約者選定の準備で忙しいんでしょう。測ったところで別に何も変わらないし、あとでいいわ」


 精霊との親和力を測る装置は精霊省の本部にしかないため、事前に申請しなければいけない。

 入学前に精霊術師全員で測ったのが最後だ。


「卵の成熟を待ってから契約者選定の儀式となる。おそらく今から二週間ほど後になるだろう。……あまり気負わないようにな」


「はい、お父様」


 そう、気負わなくてもいい。星獣だけがすべてじゃない。

 そう思いながらもなんだか気持ちが落ち着かなくて、夕食後に夜の庭園に出た。

 さすがに夜なので、コニーも心配してついてくる。


「夜の庭園って暗いですねぇ、お嬢様」


「コニーは戻っていてもいいのよ」


「そういうわけにはまいりません! たとえオバケが出ようと、お嬢様のお傍を離れませんとも!」


「ふふ、ありがとう」


 コニーの持つランプに宿る火の精霊に働きかけて、周囲を明るく照らしてくれるよう願う。

 蛍のような小さな火が、ぽつぽつと暗闇に浮かんだ。

 ……やっぱり。

 測らなくてもわかる。私の親和力は、低いまま。練習しても、ずっとこんな感じだった。

 火の精霊が少ない場所で、なおかつ精霊術師は火と相性が良くないとはいえ、この程度の火しか生み出せないなんて。

 ため息をついたその時。


「だめだなあ、そんなんじゃ」


 背後からぼそりと聞こえた声に、コニーが「ヒィッ、オバケ!」と叫ぶ。

 でも、私はオバケじゃないのはわかっていた。聞きなれた声だから。


「お兄様」


「えっ、あっ、若様! 大変失礼いたしました!」


「いやいや、驚かせて悪かったね。それにしても、ローズ。やっぱり自信がなさそうに精霊術を使っているなあ」


「そう……ですか?」


「精霊が応えてくれると信じて願うんだ。おっかなびっくりでは、精霊も言うことを聞いてくれない。ほら、もう一度やってみろ」


「はい……」


 火の精霊よ、もっと明るく周囲を照らして。お願い。

 そう願いながら火の精霊に魔力を渡す。

 さっきよりも大きな炎が空中に飛び交った。


「ほら、まだだ。もっといける。お前ならできる、ローズ。自分を信じるんだ。強く願え!」


「……っ、火の精霊よ、私に力を貸して!」


 より強く精霊の気配を感じたその時。

 ボウッ! という音とともに、火の精霊が夜の庭園を明々と照らした。


「あ……」


「ほら。できただろう」


「お嬢様、すごいです!」


 精霊と意思を通わせる、この感覚。

 子供のころに、私が失ったもの。それが今――。

 この感覚を忘れないうちに、花の精霊に働きかける。

 まだ蕾だった花も、種が植えられていただけのものですら一斉に満開に咲き誇った。

 炎の明かりに照らされた花々が、風に揺れる。庭中が、色とりどりの花で彩られた。


「うっ……お嬢様、こんな天国みたいな光景が見られるなんて。私、この日のことを一生忘れません……」


 コニーが涙を流す。

 私も泣きそうになった。

 ずっと落ちこぼれ精霊術師だった私が、ここまで精霊と意思を通わせられるなんて。


「測るまでもないな。この結果を見れば、親和力だけなら僕よりも上だとわかる。開花おめでとう、ローズ」


 能力の開花と私が花を咲かせたことをかけて、お兄様がそんなことを言う。


「ありがとう、お兄様」


 アンジェラと精霊術で直接対決することなんてないだろうけど、それでも強力な武器を手に入れたことがうれしい。

 長年の劣等感のもとになってきたことを、こんなにもあっさりと解決できたなんて。

 前回の生では、きっかけがなかっただけだったの?

 上手くいきすぎて怖いくらいだわ。


「あーでも、あれだな」


「?」


「明日は休みだし、二人で庭師の手伝いをしよう!」


「あっ……」


 庭師は、いつでも庭に美しい花が咲いているように調節して花を植えている。

 それを私が全部咲かせてしまったから……。


「う……庭師のトムに謝っておく。そして彼を手伝うわ」


「優秀な精霊術師が二人いるんだから、すぐに終わるさ」


「ふふ、そうね」


「私も手伝います!」


「ありがとうコニー」


 翌朝、庭を見て仰天していた老庭師のトムに事情を話すと、「いやーいいものが見られました」と笑ってくれた。

 せっかく美しく咲いているので、手伝いは花が枯れてからすることになった。

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