第25話 順位と疑惑


 二年生になって初のテストが終わった。

 そして今日、結果が貼り出される。


 手ごたえはあったと思う。


 今までで一番勉強したし、リアムにも教えてもらった。

 殿下とデリックにもちょっとだけ教わったし。


 何事もなかったかのように話しかけてくるアンジェラとともに、ホールへ行く。

 そして緊張しながらそこに貼り出された順位表を見上げた。

 二年生の一位は予想通りリアム。やっぱりすごい。

 アンジェラが四位。悔しいけどさすがよね。

 私……私の名前は……あった、九位! すごいじゃない、私! 前回は六十三位だったのに!

 ちなみに今回も最下位はオリヴァー。

 まあ、彼は剣術にすべての能力と努力を費やしているので仕方ないといえば仕方ない。

 三年生の一位は……今回はデリックだったのね。殿下が二位。いつもこの二人で一位争いをしている。

 ちらりと隣を見ると、アンジェラが驚いた顔をしていた。

 それはそうよね。急に成績が上がったんだもん。


「ローゼリア嬢は九位だったんですね。すごいです」


 そう声をかけられて振り向くと、シェリル嬢が笑顔で立っていた。


「ありがとう、シェリル嬢」


「……本当に、すごいわローズ。まさかこんな急に成績が上がるなんて」


 そう言うアンジェラの笑顔は引きつっていた。


「ありがとう、アンジェラ。あなたにはまだまだ敵わないわ」


「ううん、短期間でこんなに順位を上げるなんて、前代未聞なんじゃない? 私も見習わなきゃ。一体どんな勉強法を試したの?」


 どこか疑うような響きを含んだ声で、彼女が言う。

 私が不正したと言いたいのね。

 アンジェラにしてはあからさまな気がするわ。いつもはもう少し悪意を上手く隠していたのに。

 私の成績急上昇に焦ったのか、シェリル嬢の存在も彼女を刺激したのか。


「特別なことは何もしていないわ。時間をかけて復習しただけ」


 周囲でヒソヒソとささやき声が聞こえる。

 ああ、これは。

 疑われている。

 こういう空気は久しぶりだわ。

 視界の端にオリヴァーが映ったけれど、我関せずという様子だった。

 苦手分野である勉強に関わることだから口出ししないのかな。アンジェラの味方をしないだけで、まだ助かる。


「ローゼリアに勉強を教えたのは俺だし、何より彼女自身が本当に努力していた。これくらいは当然だよな」


 いつの間にか側に来ていたリアムが、笑みを浮かべながら言う。

 周囲の話が全部聞こえるわけじゃないけど、多少流れが変わった?

 でも、「そうは言っても婚約者候補だし庇うよな」「天才に教えてもらったって頭の出来は変わらないわよね」といった悪意の声も聞こえてくる。

 以前の私なら、ここで激高げっこうしていただろう。

 そうしてもっと疑われ、嫌われた。でも今の私は違う。そんな愚かな真似はしない。


「急に成績が上がったので、何か疑われているようですが。不正があったと思う方は、今この場で私に口頭で試験の問題を出してくださって構いません」


 そう言っても、顔を見合わせるだけで実際に問題を出してくる者はいない。

 周囲にたくさん人がいる状況でルビーノ公爵令嬢を堂々と疑って悪目立ちしたくないのかもしれない。それなのに、人混みにまぎれて悪口を言うのは平気だなんて。


「ほら、ローゼリアがこう言ってるんだ。そこでヒソヒソしてないで問題出してみろよ。俺は離れてるから」


「実際に問題を出す方はいないんですか? それなら彼女を疑う資格はありませんよね」


 リアム、シェリル嬢、なんて心強い……!

 友達って素晴らしい!

 そう思ってオトモダチであるアンジェラを横目で見ると、完全に冷めた目をしていた。うん、予想通り。

 流れはだいぶこちらに傾いている。

 完全に疑いを払拭ふっしょくできたわけではないけど、これくらいで満足しておくべきかな。


「何の騒ぎだ」


 声がしたほうを見ると、デリックが近づいてくるところだった。

 その少し後ろにはレイノルド殿下。

 誰かが二人に何かをささやく。

 どうせ私が不正したらしいとか言ってるんだろう。

 デリックが順位表を見上げ、はっと笑った。


「たかが九位で何を騒いでいる。こんなの上位とも言えないのに。九位だぞ、話題にするほどのことか? 九位が?」


 九位九位連呼しないでよ!

 あなたにとっては本当にたいしたことのない順位なんでしょうけど、死ぬ気で頑張ってこの結果よ!

 デリックは呆れた様子で鬱陶しい前髪をかき上げた。


「この程度の順位で不正なんて疑うな、馬鹿馬鹿しい。この中で自分は勉強を頑張っていると堂々と言えるやつがどれほどいる? 行政官などを目指す一部の人間以外は、卒業したら学校の成績など関係ないと甘えているやつほとんどだ。そんなやつらを抜いて九位になるなんて造作もないことだろう」


 あれ?

 言い方はきついけど……もしかして私をかばってるの? あのデリックが!?


「それに、僕は彼女が図書館で勉強しているところに偶然居合わせた。問題集の解答を少し見た限り、少なくとも数学の理解力はこの程度の順位になるくらいはある」


 ……信じられない。

 カフェテラスでのことを気にしていたのかもしれないけど、デリックがみんなの前で私をかばうだなんて。

 いくら事の発端がアンジェラの発言だと知らないとはいえ……。

 なんにしろ、これは幸運だわ。今のでかなり疑いは晴れたはず。

 これで一安心と胸をなでおろしていたら。


「彼女がとても頑張っていたのは私もよく知っているよ。数学だけでなく、歴史もね。証拠もなしに、努力して成績を上げた人を疑うのは感心しないな」


 殿下のその言葉に、静まりかけていた周囲がまたざわめく。

 学校一の有名人かつ憧れの的であり、どんな女性に対しても丁寧な一方、決して深く関わり合いにならない。

 そんな殿下が、なぜみんなの前で私をかばうの?

 しかもちょっと意味深な感じで!


 背後から聞こえた小さなため息は、誰のものだったのか。

 なんとなく、振り返ることができなかった。

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