第24話 過去と疑問


 ここ最近、デリックに会ったり殿下に会ったりと心臓に悪い遭遇が多いので、今日はリアムと例のカフェで勉強をすることにした。

 二人で黙々と勉強を進めるけど、彼は紙に書くでもなく教科書をぱらぱらと読むだけ。

 こんな感じで成績がいいのかと思うと、ちょっと嫉妬してしまう。


 リアムに時々教えてもらいつつ一区切りついたところで、紅茶とケーキが運ばれてくる。

 それを美味しくいただきながら、以前から疑問に思っていたことを口にした。


「ねえ、リアム」


「うん?」


「リアムは入学前に、アンジェラに会ったことがある?」


「あるよ」


 あっさりと彼が認める。


「いつどんな感じで、と聞いてもいいのかしら」


「ああ、別に隠すようなことじゃないし。……あれは十三歳くらいのことだったかな。貴族街に廃教会があったのを覚えてるか?」


「ええ。もう取り壊されたわよね。霊が出るなんて噂があって、なかなか解体されなかったとか」


「そう、その廃教会だ。その頃、俺はときどきそこに足を運んでいたんだ。なんというかまあ、一人になりたい気分のときは」


「……そうだったのね」


 公爵家にいるのがつらいときに行っていたんだろうか。


「で、ある日その教会に行ったら、アンジェラがいた」


「彼女が廃教会に……?」


「ああ。その頃はアンジェラのことは知らなかったし、珍しい髪色からルビーノの傍系かな、くらいに思っていた。彼女は泣きながら神の像に祈ってた」


「アンジェラが、泣きながら……? なぜ?」


「理由まではわからない。ただ、俺に気づいて慌てて涙を拭いて、アメイシス公爵家の方に失礼いたしました、と言った。俺の瞳の色でそう思ったんだろう。だから、俺が勝手に後から来ただけだから気にするなとハンカチを渡して帰った」


「それから?」


「それだけだよ。入学前に会ったのはそれ一度きりだ」


「そう……」


 その一度きりで、彼のことを好きになったんだろうか。それとも入学後?


「アンジェラがどうであれ、俺がローゼリアの味方だということに変わりはない」


「!」


 もしかして、アンジェラがリアムのことを好きだと気づいてる?

 あのアンジェラがリアムを好きなのに何もせず見ていただけとも思えないし、もしかして私の知らないところでアプローチしていたのかもしれない。

 ただ、それ以上言及するのも躊躇われて、誤魔化すように紅茶を一口飲んだ。


「あと、もう一つ気になっていることがあるの」


「なんだ?」


「私、回帰してから……あらゆることが上手く行き過ぎている気がするの」


「というと?」


「デリックやオリヴァーの態度も急速に軟化しているようだし、追いかけるのをやめたからだろうけど殿下にも嫌われていない気がする。同性の友達もできたし、体感だけど精霊との親和力も上がっている気がするの」


「それはもちろん、ローゼリアの努力によるものが大きい。ただ……それに関して、俺も気になっていたことはある」


「?」


 リアムが間をとるように、チョコレートケーキを一口食べて紅茶を飲む。


「……以前の君は、どこかおかしかった。いや、君だけじゃないな。回帰前は、君を含めたすべての状況が奇妙だった。だから、むしろ今の状態が正常だと思える」


「というと……?」


「まず、ローゼリアはやたらピリピリした雰囲気だったし、なんというか、アンジェラ以外の人の話をあまり聞かない感じがした」


「そう……だった?」


「俺は自分が回帰してから君のことを注意深く見ていたんだが、入学してすぐの頃は普通だったと思う。子供のころのローゼリアとそう変わっていないと思った。アンジェラとすぐに仲良くなっていたが、それも普通に仲がいいだけに見えた。おかしくなったのは夏休み前くらいから、徐々にかな」


「……」


 心臓が、ざわざわと落ち着かない。

 私が……おかしくなっていた?

 そういえば、家族を遠ざけ始めたのはその頃からだった気がする……?


「回帰した今は、本来のローゼリアだと思う。だから、やっぱりあの頃の君には違和感がある」


「どうして……」


「今はまだなんとも言えない。アンジェラが何かしていたのかと思ったが、まだそこまでは掴めていない」


「だとしたら、一年生の頃はおかしかった私が、なぜ今は本来の私なのかしら。回帰したから?」


「その可能性はある。君は魂ごと回帰したから、その作用なのかもしれない」


 しん、と場が静まり返る。

 階下の賑わいが、かすかに聞こえた。


「私を含めたすべての状況が奇妙だったというのは?」


「まずデリックとオリヴァー。いくらアンジェラが好きだからといって、傾倒しすぎていた感がある。特に卒業記念パーティーでは、ありえない行動をとった」


 卒業記念パーティー。

 思い出すたびに、胸が苦しくなる。


「あいつらはあれでも宰相と騎士団長を目指す身だ。婚約者がいないとはいえ、あそこまで理性を失って女にうつつを抜かすだろうかという疑問がある。何より、ルビーノ公爵令嬢を曖昧な目撃証言だけで多くの人間の前で断罪するということは、その道が閉ざされかねない危険な行為だ」


 たしかにそうかもしれない。

 アンジェラへの愛情も、私への憎しみも、度を越していた気がする。


「実際、ルビーノ公爵は君の死後、両家に厳重に抗議していたらしい。普段穏やかなルビーノ公爵だが、その怒りは相当なものだったとか。卒業記念パーティーの真相も、君の葬儀が終わってから独自に調査を始めていたようだ」


「そうだったのね……」


 いつも穏やかだったお父様。

 そのお父様が怒りをあらわにするなんて、それだけ私のことを大事に思っていてくれたということなんだろう。


「そうこうしているうちに、私は回帰したというわけね」


「ああ」


「今のデリックやオリヴァーが、本来の彼らなのかしら」


「俺はそう思う。それに、やつらだけじゃない。以前も言ったが、アンジェラの小芝居に周囲が騙されていたとしても、君は悪辣あくらつな人間でもないのに嫌われすぎていたと思う」


「アンジェラが、何かしていたとか……? でも、そんなことができるのかしら。人の感情を左右するような魔道具や精霊術なんて聞いたことがないわ」


「そうだな。それに、全員がアンジェラに夢中だったわけじゃないし、全員がローゼリアに敵意を向けていたわけじゃないと思う。例えば俺や第二王子なんかはそうだろう。そのあたりの差は何なのか……」


「そうね……」


 ただ被害者を装って私を加害者に仕立て上げていただけでなく、アンジェラは他に何かしていたの?

 彼女への過剰な愛情も、私の過剰な嫌われ方も、その不自然な感情は彼女の仕業だった?


 だとしたら……どうやって?

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