第22話 意外な行動
図書館の一階、北側の席。
このあたりは日当たりがあまり良くないので、だいたいいつも空いている。
私は、そこがお気に入りの場所だった。
人目を気にせず勉強できるから。
もうすぐ二年生になって最初のテストだというのに、家で勉強するとどうも身が入らない。もともと勉強は好きな方ではなかったし、関係のない本を無意味に読み始めたりして現実逃避してしまう。
でもこうして図書館にいれば、勉強しなければという気持ちになる。
それにしても。
こうしてあらためて勉強をしてみると、一年生のときの不勉強が重くのしかかる。
今回のテストは一年生の復習だから、当然といえば当然なのだけど。
特に数学は少しずつ復習をしているけど、苦手意識が残ったまま。
四苦八苦しながらなんとか問題集を終えたと同時に誰かの気配を感じて、顔を上げる。
そこには意外な人物が立っていた。
デリック・トパーゼ。
またアンジェラがどうのと嫌味を言いに来たのかと身構えたけれど。
彼は私のノートのある部分を指した。
「この問題。途中が間違っている」
「……はい……?」
「解きなおしてみろ」
何が何だかよくわからないまま、彼が指した問題を解きなおしてみる。
たしかに、途中で計算ミスをしていた。
「ありがとう、ございます……?」
さすがにデリックの思惑がわからず、戸惑う。
まさか「こんな問題も解けないのか」と馬鹿にしに来た?
それが顔に出ていたのか、「別に馬鹿にしているわけじゃない」と彼が言う。
「先日は……幼稚な物言いをしてしまった」
目をそらし、ばつが悪そうな顔をする。
先日というのは、カフェテリアでのこと?
少しは悪いと思っていて、それを伝えに来たってことなのかしら。
オリヴァーといい、二人ともいったいどうしちゃったんだろう。
「あんなことで傷ついたりはしませんので、お気になさらず。それよりも、一瞬見ただけで間違いがわかるなんて、すごいですね。教えてくださってありがとうございます」
それは素直な感想だった。
だって、私がこんなに四苦八苦しているものを、ちらっと見ただけで解いてしまえるってことだから。
性格はともかく、“知のトパーゼ”は伊達じゃないわ。
そう思って彼を見上げると、少し照れた様子だった。
「別に……こんなのはたいしたことじゃない。だからといって、こういうのが得意ではない人間がいるのもわかっている」
不得意な人間。私のことですね。
とは思っても言わなかった。
私が不得意だからって馬鹿にしたいわけじゃない、というのが伝わってきたから。
「……以前はあんな順位だったのに、今はそれなりに解けるようになっているじゃないか。なぜ今になって勉強を?」
返事を待つ彼の顔を見ると茶化しているわけではなさそうなので、私も真剣に答えることにした。
「頑張ってこなかった自分を変えたいから、でしょうか。なんでも楽な方に流れるのはもうやめたんです」
アンジェラから与えられる偽りの友情にどっぷり浸かって、彼女だけを見て、何も考えずに彼女の言う通りにして。
だって彼女がそう言ったからと、勉強も人間関係も努力もせずにただ流されてきた。楽だったから。
そんな私だから付け込まれたのだろうし、誰からも味方してもらえなかった。
「以前は嫁いでしまえば学園の成績なんて関係ないと豪語していたのにな」
ああ……。
一年生のときに、たしかに言った。
あのとき、デリックはひどくあきれた顔をしたのを憶えている。
やっぱり過去の私って、結構どうしようもない人間だわ。
「そうでしたね。そういう自分も変えたいんです。あれこれ言い訳してやらないよりは、その時できることを精一杯頑張ってみようと思っています」
彼は考え込んだかのように黙り込み、ようやく「そうか」とだけ言った。
「邪魔をしたな。これで失礼するよ」
「ええ。ありがとうございました」
デリックは返事の代わりに軽く手を上げ、去っていった。
それにしても不思議だわ。
ドMどうこうや私の言動の変化が背景にあったとしても、二人ともまるで憑き物が落ちたように私への態度が普通になっていく。
アンジェラのことが大好きで、私のことが嫌い。カフェテリアでの二人の言動を思い出すと、おそらくそこは変わっていないでしょうに、私に対する異常な敵意がなくなっていっている気がする。
短期間でこんなに変わるものなの……?
なんにしろ、いい流れだわ。
今回の生は、絶対に悪夢の卒業記念パーティーになんてならないようにしなきゃ。
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