第19話 変化


 アンジェラ池ドボン事件のあとも、彼女は何事もなかったかのように私と一緒にいる。

 やっぱり並の神経じゃないとは思うけど、それは想定の範囲内。


 ただ、今日の彼女の行動は予想外だった。


 昼食をとるためアンジェラとカフェテリアに行くと、どえむコンビ・デリックとオリヴァーがいた。

 まあいるのはいいとして、珍しく二人で昼食をとっているところに、アンジェラが「ご一緒していいですか?」と私の意思を聞くこともなく突撃した。

 そして今。

 隣にオリヴァー、向かいにデリックという非常に食事の不味くなる構図で座っている。

 アンジェラはさっさとデリックの隣に座って、私をオリヴァーの隣に配置するところがなかなかいい嫌がらせだと思う。

 私が一番苦手なのはオリヴァーだと知っているのでしょうね。

 用事を思い出したと去ろうかと思ったけれど、さすがにあからさますぎるのでひたすら我慢。

 サンドイッチの味がよくわからないまま、もそもそと口に運ぶ。


「デリック先輩、今日のクラブなんですけど、ローザン時代の流行をテーマにするのはどうですか?」


「ああ、いいな。あの頃流行っていた緑の染料の毒性による被害も掘り下げていこう」


 二人で楽しそうにそんな話をしている。

 当然私にはよくわからない。

 あー、デリックうれしそう。眼鏡の奥の鋭い瞳が垂れ下がっている。

 ほんとアンジェラはモテるわよねえ。

 隣のこの男もそうなのでしょうけど。そう思って隣に視線をやると、オリヴァーが気まずそうな顔をした。


「あー……ローゼリア」

 

 あれ? この男に名前を呼ばれたことなんてあったかしら?

 お前としか呼ばれたことがなかった気がしたのだけど。


「何かしら」


「その……先日は……。頭に血が上って、君に対して……なんというか、騎士道にもとることをしてしまった」


 オリヴァーが申し訳なさそうにしている!? このオリヴァーが!? ゴリヴァーが!?

 尻を叩かれたのがよほどうれし……じゃなくて効いたのかしら。

 たった一回の尻叩きでこんなに憑き物が落ちたようになるなんて、効果がありすぎじゃない? どえむってそういうものなの?

 アンジェラをちらりと見ると、口元に笑みは浮かべているけれどひどく冷めた目をしていた。こわっ。


「お気になさらないでと言うつもりはないけれど、私も反撃したことだし。あの後大丈夫だったかしら? あなたの、おし」


「や、やめろ!!」


 その反応に私はあえて冷笑を浮かべる。

 効いてる効いてる。

 『ドM男の躾け方』四十七ページ、羞恥心を刺激すべし。ふふ。


「いずれにしろ、私の言い分を信じてくれたということでいいのかしら」


 アンジェラはオリヴァーに池ドボンの原因を聞かれても、きっと「ローズは何も悪くないわ……」と寂しそうに笑うばかりだったでしょうね。

 それ以上は聞けないし、だからといって本当に何もされていないのか? と疑問が残る。彼女の得意技ね。

 それなのに、オリヴァーが申し訳なさそうな様子を見せるなんて。


「別に信じたわけじゃない。ただ、証拠もなく……女性に対してあんな行動に出るのはと……」


「そう」


 ふふ、と笑って前を向く。

 女性って。今までは敵としか認識していなかったでしょうに。

 リアムに正論で叱られたことも効いたのかしらね。

 騎士団長になるべく努力しているオリヴァーだから、騎士道を引き合いに出されて少しは反省したのかもしれない。

 できればその意識を卒業記念パーティーまで保っていてくれるといいのだけど。


「ずいぶんと仲が良くなったじゃないか」


「そんなんじゃない」


 デリックのからかいを含んだ言葉を、オリヴァーが即座に否定する。

 アンジェラはニコニコしているだけで何も言わない。口を出すと微妙な空気になることには首を突っ込まないのよね。そういうところは賢いわ。


「筋を通しただけだ」


「へぇ? それにしては……」


「やめろ。誰がこんな女」


 アンジェラがお約束通り「ローズをそんな風に言わないで」とたしなめる。

 デリックがちらりと私を見た。頭はいいのかもしれないけど、幼稚な男。

 オリヴァーからその言葉を引き出して、私が傷ついた顔をするのが見たかったの? それともそう言われた私がどう反応するのかを見たかった?

 ならお望み通りに見せてあげる。

 私は笑みを浮かべてまっすぐにデリックを見た。


「気になりますか? デリック先輩」


「……何がだ」


「私とオリヴァーが仲がいいかどうか」


「誰がお前……君なんか気にするか。自意識過剰だ」


 以前お前呼ばわりするなと言ったことを気にしているのか、君と言い換える。

 思わず笑いが漏れそうになったけれど、こらえた。


「自意識過剰? 私と彼が仲がいいか気になるかと尋ねたことが、なぜ自意識過剰ということになるのですか?」


「それは……」


 言えないわよねえ。

 勝手に「私に興味があるのか」という意味に捉えたと、白状することになるんだから。

 それじゃあそっちが自意識過剰になってしまうものね。


「デリック先輩が熱心にオリヴァーをからかうから、それがなぜなのか気になって訊いてみただけですよ」


 笑みを向けると、彼が羞恥に頬を染めて横を向く。

 ふっ……ぬるいわ。

 こんな男にビクビクしていた過去の自分が恥ずかしくなる。

    

「君は……変わったな」


 鬱陶しい前髪をかき上げながら、デリックが言う。隣のオリヴァーも小さくうなずいたような気がした。

 アンジェラは……無言。ただし目が怖い。

 話の中心が私になっているのが面白くないのだろうなと思う。


「褒め言葉と受け取っておきますわ。では私は午後の授業の予習をするのでこれで」


 これ以上ここにいるのも面倒くさいのでさっさと退散することにした。

 これだけ付き合えばもうじゅうぶんでしょう。

 アンジェラは好きなだけ取り巻き一号二号と話しているといいわ。

 私は立ち上がり、振り返ることなくカフェテリアを後にした。

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