第18話 女友達
今日も勉強を頑張るために図書館へと向かう。
どうも本のあるところで殿下に遭遇してしまう傾向があるようだから、どこかに眩い金髪が見えないかとビクビクしながら周囲を見回して歩く。
けれど、発見したのは殿下ではなかった。
図書館へと向かう広い廊下の脇にある細い廊下の突き当り、保管庫の扉前の薄暗いその場所に、数人の女子生徒がいることに気づいた。
言い争っている……ううん、三対一で詰め寄られているように見える。
あ、あの言いがかり三人組だわ。
責められているらしき女子生徒は……誰かしら?
ダークブラウンの髪をきっちりと三つ編みにした、真面目そうな女性。
――盗み聞きは良くないけれど、三人が一人を囲んで攻撃するというのはもっと良くないわよね。
風の精霊に働きかけて、音を届けてもらう。
「もういい加減そこを通していただけませんか」
案外強気に、三つ編みの女性が言う。
私の出る幕ではないかしら?
「ほーんと生意気ですこと」
「二年生から編入してきた元平民、しかも男爵家の養女ですのに」
「わたくしたちは何も難しいことをしろと言っているわけではないのよ。ただ、わたくしたちのお願いを時々聞いてくれればいいだけ」
「そうそう、今回のように教授に頼まれた雑事を代わりに片づけてくれたり、ねえ?」
セコい。
ようは元平民の男爵令嬢で編入性という立場の弱そうな人を使い走りにしようして断られている、と。
「お断りします。頼まれたという雑事はお三方が積極的にお引き受けになったでしょう。あなたたちの教授への点数稼ぎをお手伝いする義理はありません」
か、かっこいい……。
こんなにすっきりはっきり物を言える人は素敵だわ。
でも。
「シェリル・ベイリー
「……」
「そうそう。わたくしたちを敵に回せば、卒業後に社交界でどうなるか……少しお考えになってみてはいかがかしら」
さすがにこれはいやらしい。
この三人は、伯爵令嬢が二人と侯爵令嬢。それなりに影響力のある家門の令嬢なのよね。
学園内では平等だとどんなに取り繕ってみても、やはり家門の力によって力関係もある程度決まってくる。
あれほど評判の悪かった私が卒業記念パーティーまではせいぜいヒソヒソされる程度だったのも、四大公爵家の人間だから。
この言いがかり三人組が、私に対してはちょっとした言いがかりや嫌味を言う程度だったのも同じ理由。
誰にどこまでなら言って大丈夫なのか。この三人はそのあたりを理解して行動している。だから男爵令嬢にはこんな態度。
助けたいところだけど、下手に私が出れば、よけいに困らせたりしないかしら……?
「ほら、何とか言いなさいな」
「黙っていてはわからないわ」
「私たちのお願い、聞いてくださるのよね!?」
ああっもう!
「あらごきげんよう皆さま」
私はそう声を掛け、彼女たちに向かって歩いていく。
三人組が一瞬、気まずそうな顔をした。
シェリル嬢は……無表情。
「プレ社交界がどうのと聞こえて、つい声をかけてしまったわ。何かトラブルかしら」
「……ローゼリア嬢。こちらの男爵令嬢に礼儀というものを教えていただけですわ」
「そうよ。立場の違いというものを理解していないから」
「学園内では家格によって人を見下してはならない、また人に何かを強要してはならないという規則があるわ」
にっこりと笑うと、三人組が複雑な表情で顔を見合わせる。
彼女たちはまた敵になるかもしれないわね。
でも全員に好かれるのは無理だし、背後から石を投げる機会を
「それは社交界に出てからも大事なことだと思うわ。家門の力にものを言わせて強要したり排除したりするのではなく、互いを尊重し認め合い親交を深めるのが社交なのだから」
「……」
「なんて、まだ社交界に出てもいない私が言っても説得力がないでしょうけれど。母の真似をしてみただけです」
三人の表情が少し和らぐ。
「きっと何か行き違いがあったのでしょう。争いが避けられたようで何よりです」
と勝手に争いを終わらせる。
結局、私が彼女たちにこう言えるのもルビーノ公爵家の娘だから。
シェリル嬢も、そんな私に助けられるのはうれしくないかもしれない。結局家門の力を見せつけているようなものだから。
でも、見過ごせなかった。
中途半端にかかわってしまったのだから、一応釘を刺しておこう。
「そういえば貴女たちはゼラード教授のお手伝いを申し出られたとか。さすがですね。私にもお手伝いできることがあるかしら」
「! それは……ローゼリア嬢にしていただくことは、何も」
「わたくしたちだけでやりますわ」
「ええ……私たちが引き受けたことですもの……」
「そうなのですね。では次の機会にはお誘いくださいね」
笑みを向けると、彼女たちもまた引きつった笑みを浮かべる。
今日はアンジェラじゃなく彼女たちをぐぬぬ顔にしちゃったわね。
「ええ、今度はご一緒しましょう」
「じゃあ行きましょうか」
「そうね」
そうして三人組はそそくさと去っていった。
完全に彼女たちの姿が見えなくなってから、シェリル嬢がぺこりと頭を下げる。
「助けていただきありがとうございました」
感情を感じさせない声。
やはり迷惑だったのかもしれない。
「いいえ、出しゃばりすぎましたわ」
「そんなことはありません。吹けば飛ぶような男爵家ですから、高位貴族の方々には逆らえません」
その「高位貴族」の中に私も入っているような気がして少々気まずい。
彼女がはっとして、もう一度頭を下げた。
「……申し訳ありません。助けていただいたのに感じが悪かったです。私、いつも言い方がきつくて……本当に感謝しています」
それを聞いて少しほっとする。
今のように元平民のくせにと侮ってくる人が他にもいたんだろうか。高位貴族を警戒しているのかもしれない。
「ご迷惑でなかったのなら良かったです」
「迷惑だなんて。なぜ私のような立場の人間を助けてくださったのですか?」
「なぜ、と言われると、そこまで深く考えて行動したわけではありませんが……あえて言うなら、味方もいない状況で押さえつけられている人を見るのが嫌だから、でしょうか」
「?」
「私も押さえつけられたことがありますから。今のあなたのように身分や権力によってではなく、物理的にですが」
「ルビーノ公爵令嬢にそんなことをする人が!?」
「ええ、まあ」
先日はオリヴァーに押さえつけられた。あの時は反撃できたしリアムも助けてくれたから悔しさは残っていないけれど、いまだにあの卒業記念パーティーを思い出すと胸が苦しくなる。
あれも押さえつけたのはオリヴァーなのよね。腹立つわ。
「何も悪いことをしていないのに誰にも味方してもらえず押さえつけられたのが悔しくて、悲しくて、誰か助けてほしいと心から願いました。誰でもいいから私の味方をしてほしいと」
「……」
「だからお節介を焼いてしまいました」
シェリル嬢に笑みを向けると、彼女はうつむいた。
「……申し訳ありません、私、ルビーノ公爵令嬢を誤解していました」
「ふふ、私は評判が悪いですものね」
「噂なんてあてにならないとあらためて実感しました。色眼鏡で見ていたことが恥ずかしいです。私に何かできることはありますか?」
「何かを望んでこうしたわけではありませんが……そうですね、嫌でなければお友達になっていただけますか?」
「えっ」
彼女の驚いた顔に、唐突すぎて迷惑だったかと焦る。
「ごめんなさい、いきなりそんなことを言われても戸惑いますよね」
うわー、恥ずかしい。
私って友達作りが下手すぎる。
「あっ、ち、違うんです! その、私でいいのですか……?」
「ええ、もちろん。きっぱりと言い返すあなたがかっこよかったので、そういう方とお友達になれたらうれしいです」
シェリル嬢が真っ赤になって「私でよければ……」と小さな声で言う。
さっきまでの凛とした雰囲気とはうって変わって、かわいらしい。
私はずっとアンジェラ以外に女友達と呼べる人がいなかったから、友達になってもらえてよかった。
考えれば、彼女に甘えすぎだったのよね。依存とさえ言えるかも。
そこは私の反省すべき点でもある。
シェリル嬢とはそこで別れ、図書館へと向かう。
入り口でリアムが待っていてくれた。
「遅れてごめんなさい」
「俺も来たばかりだから気にしなくていい。それより、何かいいことがあったのか?」
えっ、顔に出ていたのかしら。
私って単純……。
「実は新しく友達ができて」
「お、いいね」
「それがね、ついさっきそこで――」
楽しく話し込んでいるところに、レイノルド殿下が通りかかる。
無視するわけにもいかないので小さく頭を下げると、彼は意味ありげな視線を私に寄越してふっと笑った。
そして何事もなかったかのように図書館へ入っていく。
くっ、よみがえる黒歴史……やっぱり本のある場所は呪われているらしい。
リアムが、ぼそりと何かをつぶやいた気がした。
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