第17話 黒歴史
今日はコニーを伴って、街の書店に来ている。
学園の図書館にはないであろう、とある本を買うために。
外套のフードを深くかぶって髪と顔が見えないようにしている私はあからさまに怪しいけれど、仕方がない。顔を見られるよりはいい。
「すみません、あの…… ~~~というような内容の本はありますか?」
三十代くらいの女性店主にこそっと聞くと、彼女は愛想よく「二階、M12の棚あたりにございますよ~」と教えてくれた。
コニーを一階で待たせ、一人で二階へと上がっていく。木の階段がきしむ音がやけに響いた。
二階は背が高く古めかしい本棚がぎっしりと並んでいて、薄暗い。
本が多くある場所特有のなんともいえない匂いを感じながら、教えてもらった棚を探しつつ奥へと進んでいく。
そしてようやくその棚を見つけた。
周囲に人がいないかを確認して、
――この本は決して私の趣味じゃない。
私の復讐計画のために必要なの。
誰にともなくそう言い訳をしながら、その本を手に取って階段へ向かおうとしたところで、ふと視線を感じて横を見て硬直する。
薄暗い中、わずかな光をすべてそこに集めたかのごとく輝く金髪。
形の良い口元は微笑の形を作っているけれど、夜の湖のような青をたたえる瞳には何の感情も宿っていない。
かつては好きだったけど今はまったくもって会いたくない男性――レイノルド第二王子殿下が本棚の間に
なんでよりにもよってこんな時に。街の書店に王子が何の用なのよ。
もしかして、本があるところで会ってしまう呪いでもかかってるの!?
さっきは殿下の存在に気づかなかった……失敗したわ。
でも、落ち着いて。
私はフードを目深にかぶっているから、私だとは気づかれないはず。慌てる必要はないわ。
彼がこちらに少しずつ足を進めているけれど、私は気づかないふりをしてそろりそろりと立ち去ろうとした。
「ローゼリア嬢」
あっさりと正体を見抜かれ、驚きのあまり本を落としてしまう。
足早に近づいてきた彼が本を拾おうとして、動きが止まった。
その本のタイトルは『ドM男の
あああああああああああああああ
やめてみないでたすけてたすけて
私は内心の動揺を押し隠し、優雅に屈んで本を拾った。
……そうよ、殿下にどう思われようとかまわない。
恋心が残っているわけじゃないし、こういう本を読む女だと思われてもああああああああやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい! しぬ!!
今すぐ記憶を消し去りたい……。
「……殿下におかれましてはご機嫌うるわすう」
噛んだし。
ふふ、さようなら私の第二の人生。
「念のために申し上げておきますが、私は殿下がこちらにいらっしゃることを知りませんでした」
「まあ知ってたらその本は手に取らないよね」
ぐうっ。
やっぱりタイトルもしっかり見られていた……終わったわ……。
「私にこういう趣味があるわけではありません」
「ああ、うん」
曖昧な返事が胸を突き刺す。
「なんと申しましょうか、敵を知り敵を倒すためです」
「ふぅん……敵がドM男なんだ?」
やめてやめてやめてー! 言わないで!
その声音には明らかに笑いが含まれている。殿下が悪いわけじゃないけどだんだん腹が立ってきた。
「秘密ですから申し上げられません。では、これで失礼いたします」
「ふっ、デリックとオリヴァーの躾、頑張ってね」
いやああああ!!
なんで見透かされてるの!?
私はぺこりと頭を下げ、一気に階段を駆け下りる。
背後から聞こえた押し殺したような笑い声は、聞かなかったことにした。
その後しばらく、枕に顔をうずめては「いやあああ!」と叫ぶ日々が続いた。
私の黒歴史となった本はちゃんと全部読んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます