第14話 取り巻き男その二
写生の授業は、憂鬱。
敷地内のどの風景を描くかをくじ引きで決めるのだけど、私はこのくじ引きの結果を知っている。
アンジェラとほぼ一緒の場所なのよね。そして周囲に人がいないという状況。
おまけに写生だから授業のたびにそこに行かなければならない。
前回の生ではとても喜んだけど、今回は、ねぇ……。
まあ、前回は特に何事もなく普通に絵を描いただけだから、気にしなければいいのかしら。
くじ引きが始まって、やっぱり前回と同じ場所になった。
アンジェラも、前回同様「ローズと一緒でうれしい!」だなんて言っている。
復讐しようとしていることはともかく、私の心が彼女から離れつつあることにはおそらく気づいているでしょうに、なかなかの神経の持ち主だわ。
今回は珍しく騎士科も合同で、短く刈り込んだ金茶色の髪の男を発見してげんなりする。
四大公爵家「剣のサファイエル」家の一人息子、オリヴァー。
卒業記念パーティーで私を押さえつけた、一番嫌いな男。目を合わせないでおこう。
くじを引いたオリヴァーにアンジェラが駆け寄り、会話して笑い合う。
前回もこんな感じだったわね。さすがアンジェラ、取り巻きに対してマメだわ。
立派な体躯の威圧感のある男が、彼女の前では子犬のよう。あーヤダヤダ。
生徒が、それぞれ自分たちが写生する場所へと移動する。
私たちがやって来たのは、校舎脇の林にある池のところで、景色はいい。
ベンチなんかも置いてあって、デートスポットなのよね。
「ここは日差しが強くて暑いわね、ローズ」
そう言ってアンジェラがポケットからハンカチを出して汗を拭く。
風もあるし汗ばむほどではないと思うけど、否定するのも面倒なので「ええ、そうね」とだけ返した。
私は池にかかる橋を渡って向こう側が指定の場所。アンジェラは橋から見える景色が指定で、前回も橋の上で絵を描いていた。
アーチ状の橋を渡り始めると、彼女もついてくる。
なかばほどまで渡ったところで風が吹き、白い何かがひらりと舞うのが見えた。
「あっ、ハンカチが」
アンジェラがハンカチに向かって手を伸ばす。
橋の低い欄干から身を乗り出すように。
ざわりと鳥肌が立つ。
「アンジェラ、危な――」
「きゃぁぁあっ!?」
アンジェラは悲鳴を上げて、池の中に落ちた。
バルコニーでの場面がフラッシュバックして、動悸が激しくなる。私は橋の上から動けなくなってしまった。
ああ、だめ、しっかりしなきゃ。嫌な予感がする。
「……アンジェラ、大丈夫? 池は浅いようだから、早く上がって……」
「何をしている!?」
――ああ、なるほど。
この男の指定の場所が、私たちと近かったのね。
それをアンジェラは知っていた。
「あっ……オリヴァー……」
ずぶ濡れになったアンジェラが、よろよろと立ち上がる。
その手にはハンカチ。しかもよく見たら、ルビーノの家紋が入っている。
あれは一年生のころ、友情の印にと彼女と交換したハンカチ。
橋の上に立つ私と、橋の下でずぶ濡れになっているアンジェラ。しかもその手にはルビーノの家紋入りのハンカチ。
状況としては完璧だと、やけに冷静に思った。しかも画材はちゃんと橋の上に残しているところが上手いというかセコいというか。
オリヴァーが走ってきて池に入り、彼女に手を貸す。
「ありがとうオリヴァー」
アンジェラが弱々しく微笑む。
怪我はしていないみたい。風の精霊術を使ったのね。
オリヴァーは彼女を池の外まで連れ出し、橋の上からようやく下りた私を睨みつけた。
「これは一体どういうことだ……!? なぜアンジェラがルビーノの家紋が入ったハンカチを持って池にいるのか説明しろ」
オリヴァーに責められ、みんなの前で押さえつけられた感覚がよみがえって身がすくむ。
とっさに言葉が出てこない。回帰前の私のように。
でも、怯えてしどろもどろになってまた私が突き落としたことにされるなら、回帰した意味がない。
私は心を落ち着けるように息を吐いた。
「私がやったと思っているなら違うわ。アンジェラが風で飛んだハンカチを取ろうとして橋から落ちてしまっただけ。ハンカチも以前交換したもので、アンジェラのものよ」
「そんな話を信用しろというのか!?」
「オ、オリヴァー。ローズを責めないで。私が悪いの。私が、大事なハンカチを落としてしまったから……」
震えながら涙目で言うアンジェラ。
そうね、その曖昧な言葉と弱々しい態度でいかにも私に突き落とされた被害者のように見えるわよね。もしくは私がその大事なハンカチを池に取りに行けと言ったように見えるかしら。
前回の生では何もなかった今日、卒業記念パーティーで使ったのと似たような手を使ってくるとは。
すっかり頭に血が上ったオリヴァーは大股でこちらに近づき、私の手首を乱暴につかんだ。
無駄に筋肉質な男の手加減なしの力に、手首が痛む。
「お前がやったんだろう」
「言いがかりはよして。見てもいないことを勝手に決めつけないで!」
「この……!」
手首を握る手にさらに力が入る。自分の顔が苦痛に歪むのがわかった。
この男はデリック以上に嫌いだ。話も聞かず私を悪者にするところは変わらないけれど、かっとなるとこうやって力に訴えるから。
腹が立つ。やられっぱなしなんて悔しい!
私は精霊に魔力で働きかける。
草の精霊がそれに応え、近くの木に巻きついていた
「ふん、こんなもの」
ぶちぶちと無残に引きちぎられる蔦。
ああ、やっぱり私の精霊術なんてこんなもの。
「素直に罪を認めればまだ手加減してやるものを」
「やってもいない罪なんて絶対に認めないわ!」
こんな男に屈したくない。
池が近くにあるけれど、水を攻撃に使うのは高度な技。だから、比較的相性のいい植物の精霊――木の精霊に呼びかけた。
お願い、木の精霊よ、どうか力を貸して……!
その願いが通じたらしく、木の枝がオリヴァーの背後へとするすると伸び、ムチのようにしなる。
よし! そのままこの男の背中を思い切り叩いて……!
ぱしーん
たしかに木の枝はオリヴァーを叩いた。オリヴァーの尻を。
「……」
オリヴァーが目を見開き、鮮やかな青い瞳に戸惑いの色が浮かぶ。
「……なんのつもりだ」
彼の声が一層低くなり、恐怖にかられた私はさらに木の精霊に働きかける。
ぱしーん ぱしーん ぱぱぱぱぱしーん
相変わらず木の精霊はオリヴァーの尻を叩き続ける。
なんで尻ばかり狙うの!? 私のコントロールが悪いから!?
しかもたいして痛がっている様子もない。与えているのは屈辱だけ。
「お前……っ」
顔を真っ赤にしてプルプルと震えるオリヴァー。
私の手首を握る手が、心なしか緩んだ。
「ふん、力ずくでレディを屈服させようとする坊やにはふさわしいお仕置きよ!」
なかばヤケクソになって意味不明なことを叫ぶ。
顔を真っ赤にしたままのオリヴァーが、私を引きずるように木のところまで連れていき、木の幹に私の背中を押しつけた。
「……よくもやってくれたな」
アンジェラの存在など忘れたかのように、屈辱に顔を歪めたオリヴァーが低く囁く。
手首と肩を木に縫いつけられるように固定され、動けない。殴られなかっただけマシかしら。
嫌いな男の顔が間近にあるという状況が嫌で仕方がないけれど、目をそらしたくない。
「抵抗するなと言いたいの? 黙ってあなたに手首を握りつぶされろとでも?」
「口の減らない……!」
オリヴァーがさらにいら立った様子を見せたそのとき。
「ローゼリアから離れろ」
怒りを押し殺したような声が響いた。
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