第13話 レイノルド第二王子殿下


 アンジェラや他の生徒に馬鹿にされないよう、まずは勉強を頑張ろうと、少しずつ予習や復習を始めた。


 今日も勉強のための調べ物をしようと放課後に図書館へと向かっていると、図書館前の廊下でばったりとレイノルド第二王子殿下に会ってしまった。

 殿下は生徒会長。放課後は生徒会室にいるはずでは。

 いや、図書館に行くことくらいあるわよねそうよね……。


「やあ、ローゼリア嬢」


 そう言って笑みを浮かべる殿下の目は笑っていない。

 この瞳の冷たさに気づかなかった私って……。

 たしかに殿下は金髪碧眼の美男子で、頭も良く、物腰も柔らかい。あからさまに誰かを贔屓ひいきしたり差別したりしない立派な方だと思う。

 そんな方に憧れるのも当然といえば当然なのだけど、だからってしつこく付きまとうのはないわよね。


「殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」


「本を借りに来たのかな?」


 暗に「後をつけてきたのかな」と言われているようでヒヤリとする。


「いいえ、図書館で勉強をしに参りました」


「そっか。頑張ってね」


 興味がなさそうに彼が背を向ける。

 ああ、絶対に誤解されている。

 もうちょっと実績を積んでからと思っていたけど、仕方がない。これはこれで警戒されるだろうけど。


「殿下、今まで申し訳ありませんでした」


 彼が歩き出そうとしていた足を止め、わずかに振り返る。


「どういうこと?」


「殿下のお気持ちを考えず、身勝手にも殿下に付きまとったりして大変申し訳ありませんでした。今後二度とそのようなことはいたしません」


「……」


「では、私は北側の端の席で勉強いたしますので、失礼いたします」


 自分が座る席をあえて知らせ、言外に「私のことがお嫌いでしょうからそのあたりには近づかないでください」と伝える。

 迷惑をかけていた側の私が、まさか殿下に直接的に「近づかないで」なんて言えるはずもないし。

 私はぺこりと頭を下げると、殿下を追い越してさっさと図書館に入った。

 行先は同じだから、追い越さないと後ろから付いていく羽目になる。私がそれをやると絶対に怪しまれる。

 それだけのことを、私はしてきたから。

 きっと以前の私なら、殿下が本を読む様を物陰からこっそりと眺めていたんでしょうね。

 王子殿下を追い回す、冗談みたいな化粧とスカート丈の女。

 ……気持ち悪いわ、私。それは嫌われるわよね。


 数学に関する本を三冊ほど本棚から持ち出し、宣言通り北側の席に座って勉強する。

 苦手なのよね、数学。

 数学専門コースよりは格段に簡単な内容のはずなのに、なかなか頭に入ってこない。

 うんうん唸っていると、後ろからすっと手が伸びてきて「これをここに代入するんだ」とノートを指す。

 驚いて振り返ると、そこにはリアムが立っていた。

 彼の顔を見ると、なんだかほっとする。

 彼は席を少し離して隣に座り、私に勉強を続けるよう促した。戸惑いながらも勉強を続け、つまづくと彼がヒントを与えてくれる。

 わかりやすい……さすがリアム。

 飛び入学できるくらいだもの、頭はかなりいいのよね。

 殿下やデリックもそれくらいの実力があるはずなのだけど、飛び級や飛び入学はしていない。

 学園はプレ社交界と呼ばれていて勉強よりもむしろ貴族の子女同士の交流が目的だから、そういったことをする人はあまりいない。

 そういえば、どうしてリアムは飛び入学したのかしら。早く働きたかったとか?

 彼ならたとえ公爵になれなくても、王宮魔術師くらいには余裕でなれたでしょうし。

 そう思って彼をちらりと見ると、笑みを返された。

 うっ……どうしてかしら。決して不快なわけじゃないのに、なぜか落ち着かない。


 リアムの指導をありがたく受けつついいペースで勉強を終え、二階の本棚に本を戻してさあ帰ろうと階段を下りようとしたとき、階段を上ってこようとしているレイノルド殿下に遭遇してしまった。

 殿下が一瞬、あきれたような顔をする。

 違う違う違う! 今までの行いが悪いとはいえ、私は今の今まで真面目に勉強していたの、あなたとタイミングなんて合わせていないのー!


「ローゼリア、何してるんだ? 勉強も終わったことだし帰るぞ」


 救世主リアムの声が聞こえて、「今いくわ」と慌てて階段を下りる。すれ違う殿下とは目を合わせない。


「今日はずいぶん勉強が進んだな」


「ありがとう。リアムのおかげよ」


「ふ、いつでも手伝うよ」


 リアムは促すように私の肩にそっと触れると、ちらりと階段を見上げた。

 そしてふっと短く笑いを漏らして、出口に向かって歩き出す。私もそれに続いた。

 階段のほうは、怖くて見ることができなかった。 

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