第12話 本日のぐぬぬ
今日の午前最後の授業は、精霊術学。
精霊術のルビーノとしては、当然のように得意でなければならない科目だけど、前回の私はちゃんと勉強していなかった。
本当に、私にも反省すべき点が大いにあるわ……。
でも今回の私は一味違う。
教師の「精霊術の
私は今まで授業もろくに聞いておらず、成績も下から数えたほうが早いくらいで、当然授業中に挙手することなんて絶対になかったものね。
でも今日はこの精霊術学の予習復習をしてきた。全部は無理だから、この科目だけなんだけど。
「えー、で、では、ローゼリアさん。一年生の復習として、まずは残滓について説明してくれるかしら」
「はい。自然界に存在する精霊の力を借りるため、魔術よりも体への負担が少ない精霊術ですが、精霊術を極端に使いすぎたり相性の悪い精霊の力を借り続けると体に
自分の中の魔力を変換し、魔術として放つのが魔術師。
対して、自らの魔力を与えて火・土・風・水・植物などの精霊に力を借りるのが精霊術師。
魔力でほぼすべてが決まる魔術と違って、精霊術は精霊との親和力も重要なのよね。
「その通りですね。ではその残滓を早く輩出するには?」
「ハーブが有効です。火の精霊の残滓にはエレス、水はアミール、土はレイジ、風はリリータムが特に効きます。そのため、精霊術師は自分の特性に合わせた独自のブレンドのハーブティーを好んで飲みます。エレスとアミール、レイジとリリータムはそれぞれ相性が悪いので同時にブレンドはしません」
「では火の残滓に有効なハーブティーのブレンドはわかりますか?」
「エレスと、効果を高めるベミンおよびガドミア、エレスの後味の悪さを解消するリリータムも少し混ぜます」
「素晴らしいわ! よく予習してきましたね。今後はこのハーブティーのブレンドの実習などを行っていきます。みなさんもブレンドについて予習しておいてくださいね」
褒められるってこんなに気持ちいいものなんだ。この教科だけでも予習してきてよかった。
右端の席にちらりと視線を移すと、リアムが「やるじゃん」というようににやりと笑った。
楽しいなー。味方がいるって素晴らしい。
そして左隣をこっそり横目で見ると、真っ直ぐ前を見るアンジェラの顔はあからさまに不機嫌そうだった。
私が褒められたのが気に入らないのか、リアムのことか。
……やっぱり彼女はリアムのことが好きなのかな。
授業が終わってアンジェラはようやく笑みを浮かべたけど、目が笑っていない。怖い。
「ローズ、私、昼食前にちょっとお手洗いに行ってくるわね。先にカフェテリアに行っていてくれる?」
「え? ええ」
アンジェラがさっさと教室から出ていく。
私も教室を出ようと片づけを始めたところで、三人の女性が私に近づいてきた。
「ローゼリア嬢。先ほどのはどういうことかしら?」
出た出た、言いがかり三人組。
デリックとオリヴァーほどではないにしろ、この三人はアンジェラのことを気に入っていて、“彼女を陰でいじめている”私のことを敵視している。
おまけに私が第二王子殿下に近づくのが気に入らなくて仕方がないらしい。
あの方はまだ婚約者を決めていないから、血筋だけは飛びぬけていい私が目障りで仕方がないのでしょうね。
「どういうこと、とは?」
教科書を片づけながらあえて視線を合わせずに言う。
「あなたがあんな問題に答えられるわけないわ。成績が優秀なアンジェラ嬢に教えてもらったのでしょう」
「卑怯よ」
「自分の立場を利用して、アンジェラ嬢を脅して自分の手柄にするなんて」
なんという決めつけ。
でも、前回の生でもあったのよね、こういうこと。
こうして言いがかりをつけられ、最初はただ否定していた私も、やがて怒りをあらわにしながらきつい言葉で反論するようになった。そしてさらに嫌われるという悪循環。
誰にも信じてもらえないせいか、二年生が近づく頃にはいつもイライラしていたのよね。
でも、二度とそんな愚かな真似はしないわ。
言いがかりに強く反論したら嫌われるなんて理不尽だと思うけれど、それを嘆いても仕方がない。社交界に出ても、きっとこういうことはあるはずだから。
視線を机の上から彼女たちに移す。私がにっこりと笑うと、彼女たちは明らかに動揺を見せた。
「誤解があるようね。一年生の頃の成績の悪さを反省して、春休みの間に勉強を頑張ったの。今日の問題を答えられたのも、予習してきたからよ」
「あんな成績のあなたが少し予習しただけであんなにスラスラと? 信じられないわ」
「逆に、あれをどうアンジェラが教えるの? 先生に質問されてからアンジェラがあの長い答えを紙に書いて私に見せてくれたの? 私は下や横を見ながら答えていたかしら?」
「それは……。口頭で教えたかもしれないじゃない……」
「そんなことをしていたら先生も気づくのではないかしら」
「……」
私が立ち上がると、彼女たちは一歩下がった。
「それに、そんなことを言ってはアンジェラに失礼だわ。彼女は不正に協力するような人ではないもの」
彼女たちが顔を見合わせる。
「それは……そうよね」
「じゃあ本当に予習してきたというの?」
「ええ、もちろん。あ、これは内緒だけれど……」
私はわざと声を落とす。
三人は興味を惹かれたように私の言葉を待った。
「私、実はね。この科目しか予習復習していないの。だから午後からの授業は、いつも通り大人しく受けるつもりよ」
「え? ああ、そうだったのね」
「まあ」
「ふふっ、精霊術のルビーノ家ですもの、精霊術学は大事よね」
三人がクスクスと笑う。そしてはっとした顔をした。まるでいけないことをしてしまったかのように。
それに気づかないふりをして、私はまた笑みを浮かべた。
「誤解が解けたようでよかったわ。じゃあ、私、お腹が空いてしまったからもう行くわね」
「え、ええ……誤解してしまって申し訳なかったわ」
「いいのよ、気にしないで」
私は振り返らず、そのまま教室を出る。
予想通りというべきか。
扉の横に、アンジェラが立っていた。
三人組に言いがかりをつけられて私が怒ったところで、登場するつもりだったのでしょうね。お得意の「ローズを誤解しないで、ローズはそんな人じゃないわ」というセリフ付きで。
こうして冷静になってみると、意外とワンパターンなのよね、アンジェラって。
せっかく思惑通り三人組が言いがかりをつけたのに、私が怒るどころか相手を納得させてしまって残念だったわね、ふふ。
「私の話が長くなってしまったから教室まで戻ってきてくれたのね、アンジェラ。ありがとう。じゃあ行きましょうか」
「ええ、そうね」
アンジェラの笑みがまた引きつっている。
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