第11話 母


 家に着くと、お母様が玄関ホールで出迎えてくれた。


「ローゼリア、いつもより遅いから心配したわ」


「ごめんなさい、友達とちょっとカフェに寄ってきたんです」


「あらあら、いいのよ。あなたが楽しく過ごしていたならそれでいいの」


 お母様とともに居間パーラーへ移動し、香りのよいお茶を楽しむ。

 ゆっくりと流れるお母様との時間、見慣れた優しい笑顔。この時間は、こんなにも大切なものだったのだとあらためて思った。


「カフェはアンジェラちゃんと行ってきたの?」


「いえ、その……リアムと」


「あら、あらあら。そうだったのね」


 ふふ、とお母様が意味ありげに笑う。

 何か勘違いされている気がする。


「彼と特に何かあるわけじゃないんです。ただ、その……下校時に偶然一緒になっただけで」


「ふふ、そう。仲が良い人が増えるのはいいことだわ」


「お母様……」


「本心から言っているのよ。なんだか今日は、あなたの表情が晴れやかに見えるもの」


 たしかに、今日はいろいろな意味で救われたし、楽しかったと思う。

 向かいに座っていたお母様が立ち上がり、私の隣に座った。そして私の髪を優しく撫でる。


「ねえ、ローゼリア。わたくしはね、あなたが幸せならそれでいいの。お父様だって、あなたの結婚相手に爵位を継ぐ人を選ぼうとしているのは、あなたに苦労をさせたくないから。でも、本当に好きな人ができたら、その人を選んだっていいと思っているわ」


「……ありがとう。でも、本当にリアムとはそんなんじゃないんです」


「ええ、そうね。リアム君じゃなくてもいいの。将来の話よ。誰を選んだっていいし、つらいことがあるんだったら逃げたっていい。大切な娘であるあなたに、ただ元気で、幸せでいてほしいの。わたくしの願いはそれだけ」


 そんなことを言われて、泣きそうになってしまう。

 お母様とは前回の生でも仲が良かったけど、こんな風に言われたことがあったかしら?


「どうして急にそんなことを?」


「そうよね。でも、どうしても伝えておかなければいけない気がして」


 お母様は前回の生を憶えているわけではないはずなのに、その瞳は切実で。

 おそらくリアムが女神の聖遺物を使ったその場にいただろうし、もしかしたら回帰の影響を少し受けているのかもしれない。

 私の死に気を失って、その後やつれてしまったというお母様。

 回帰前のお母様の悲しみを思うと胸が痛む。

 もう二度と、そんな思いをさせたりしない。


「お母様、私は今幸せなんです。こうして私を思ってくれる家族がいるから。そして、将来も幸せでいられるよう、努力します。だから心配しないでくださいね」


「わかったわ。わたくしの小さなローズも、すっかり大人になったのね」


 お母様が私の肩を抱き寄せる。

 お母様の香りと温もりに、こらえきれず涙が一粒すべり落ちた。

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