第9話 回帰の経緯
それからどれほど時間が経ったのか。
ようやく顔を上げた私に、リアムが無言でハンカチを差し出してくれた。
子供みたいに泣きじゃくったことが恥ずかしくて、赤面してしまう。
「ありがとう……」
ハンカチを受け取って、濡れた頬を拭く。
「洗って返すから」
「たかがハンカチ一枚、別に返さなくてもいい。落ち着いたか?」
「ええ」
心を落ち着かせるように、冷めた紅茶を飲む。
それから、彼に話し始めた。
死ぬ間際、アンジェラが私にどう言ったのか。「リアムは私がもらう」という発言だけは、なんとなく言えなかったけれど。
彼は眉根を寄せながら、何度かうなずきつつ黙って最後まで聞いていた。
「本当にひどい話だ。とんでもない女だな」
「ええ……」
「いったいどうやってローゼリアを嫌われ者に仕立て上げたんだろう。アンジェラが被害者面してたのはわかるが、それだけでそこまで……?」
リアムが口元に手をあてて考え込む。
「嫌われても仕方がない部分が、私にはあったから」
「たとえそうだとしても、だ。君は本来悪い人間じゃないのに、なぜそこまで嫌われたのか理解できない。アンジェラの思惑通りに行き過ぎていた感がある」
「それはそうね……。そのあたりは、アンジェラの近くで徐々に探っていくしかないと思うわ」
「そうだな」
そこで会話が途切れる。
間を持たせるように、小さなシュークリームをぱくりと食べた。
口の中に広がる甘さが、少し心を落ち着かせてくれた。
「回帰について、もう少し詳しく話しておくか?」
「ええ、お願い」
「どこまで話したかな。まあとにかく、俺は自分の魔力を餌に聖遺物を起動させることを決意した。君のご家族の願いや君への罪悪感だけでなく、聖遺物を使ってみたいという魔術師としての好奇心もかなりあった」
「それで、起動させたのね?」
「ああ。そして魂の一部を過去に戻すことに成功した」
「?」
「回帰の砂時計は時間そのものを巻き戻すわけじゃない。魂の一部だけを過去の自分に送り込むんだ。君の場合は死んでいたから死後の魂丸ごとだったが」
「……?」
「つまり。まず砂時計の力を借りて俺の体から魂の一部を抜く」
「うんうん。……えっ!?」
「そして
なんだか難しい話だけど、それよりも。
「私、死んでからそこらへんを彷徨っていたの!?」
「この世に未練があると天に召されるまで時間がかかるらしいからな。砂時計を起動する前に霊媒師に確認した。……君は学校にいたよ」
ひえええぇ。
怖い。急に怖い話になった!
「で、成功したのはいいが、魂の一部と死んだ魂丸ごとの違いがあったのか、もしくは術者が俺で君は巻き込まれた
「そうだったの!?」
「ああ。何度か探りを入れてみたが、つい先日まで君が前回の生を思い出した様子はなかった。そのことに不安を覚えたが、ひとまず君にかかわることは前回の生の通りにしようと決めたんだ。俺一人で君の周囲を変えることで、何か歪みが生じたらまずいと」
なるほど……。
たしかに、前回と同じくリアムが私に接触してくる機会は多くなかった。
それでも、学院には行かず学園に残ったのは、私を助けてくれるため……なのかしら。
「そして、君はようやく還ってきた。今まで力になれなくてすまなかったな。学園に入学してからの一年間、君の評判が落ちていくのを黙って見ているしかなかった」
「何を言うの。あなたがいなければ、私は天に召されることもなくずっと学校を彷徨っていたかもしれない。感謝してもしきれないわ」
そう言うと、リアムは柔らかく微笑する。
家族以外で自分にこんなにも優しくしてくれる人がいることがうれしくて、また泣きたくなった。
「そういえば、未来のリアムや私の家族はどうなったのかしら。特にリアムは、魂の一部がなくなって大丈夫なものなの?」
「回帰が成功した時点でその未来はなかったことになるらしい。まあ確かめようはないが」
なんだか恐ろしい。
時間の流れに干渉するなんて、不自然なことよね。
でも、そのお陰で私は人生をやり直すことができた。
「で、こうして過去に戻ったわけだけど。これからローゼリアはどうしたい?」
「そうね。まずは家族を大切にするわ」
「そうだな。それは大事だ」
「そして、あんな未来にならないよう努力する。二度とアンジェラの言いなりになんてならないわ」
「それはそうだな」
「それから……」
私はにっこりと笑った。
「アンジェラに復讐する」
リアムが、きょとんとした顔をした。
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