第42話/記者見習いの甘利里寿

「……ところで甘利さんはいつまで付いてくるんだ?」


「同じ方向だからね。私的には梅花ちゃんがどこまで付いてくるのか気になるけど」


 必要な情報を手に入れた忍たち。もう少しで夏休みにはいるためそれまでには何とか解決できたらと話しながら帰路を歩いていたところで、里寿がいつまでも忍たちに着いて歩いていることに疑問を抱えていた。


 だが彼女は忍の今の家が同じ方向なのは既に知っている。そのためか梅花だけがどこまで着いて来るのか気になっていた。


 忍と梅花が同じ道を帰ることはよくある。それについては里寿も知っているのだが、梅花の家は既に過ぎており尚更気になったのだ。


 そこでふと理科の時に話していたことを思い出す。

 

「そういえば菊城君と梅花ちゃんって付き合ってるの?」


 横から聞こえた言葉にまたかと呆れる忍だったが、梅花は顔を赤らめ目を泳がせて戸惑いを浮かべている。

 

「ふぇっ!? えっとそのぉ……付き合って」


「ないからな」


「もぉぉぉ!!!! 忍くん!!!!」


 どうやって答えようかと悩みながら初々しい感じで言葉を紡いでいると、忍が横からきっぱりと言い捨てる。確かに彼らは親しい仲ではあるが付き合っていない所謂友達以上恋人未満の関係。それでも彼女が忍に想いを寄せているのは変わらず、彼の冷たい言葉に機嫌を損ねて頬を膨らませる。


 眉も吊り上げており怒りが露わになっているのが見て取れるが、隣を歩く忍には知ったことではなかった。


「満更でもなさそうじゃん~。でも菊城君フリーなんだね。なら私が貰っちゃおうかなあ。菊城君ってよーくみるとイケてるし、勉強もできるし?」


 再び前に出た里寿は意地悪な顔で忍の顔を覗き見ると、あざとくその言葉を口に出す。


 誰がどう聞いてもその気はなく嘘だと感じるものなのだが、掌で踊らされているとは知らない梅花は目を大きく開くと忍の腕を抱き寄せて、まるで猫のように威嚇する。そして焦りによりとんでもないことを言い始めた。

 

「忍くんは私のなんだから駄目だよ!?」

 

「ほう……梅花ちゃんってば、だ・い・た・ん! 冗談で言ったのに本気にしちゃって……梅花ちゃんの胸に菊城君の腕を挟んで私有物って言い張るなんて! これは特ダネになる予感!」


「あちが! これは無意識で……じゃなくて! 里寿ちゃん!!!!」


 悪戯に笑い梅花の行動を真似して見せる里寿の言葉に、忍の腕が胸元にあることを自覚して一瞬にして顔が真っ赤に染まり固まる梅花。だが直ぐに腕を離してこの状況をメモに書きだし始めた里寿を追いかける。もちろん追いかければ里寿は逃げるのだが運動神経はお世辞にも良いとは言えない2人。少し走っただけでバテていた。


 程なくして置いてけぼりにされた忍が合流した。


「全く一体何をやってるんだお前ら……」


「だ、だって里寿ちゃんが逃げるんだもん……」


 膝に手を置いて息を切らす梅花の台詞に重ねて、彼女と同じ姿勢をする里寿は言った。「だ、だって梅花ちゃんが追いかけてくるんだもん……」


「はあ……甘利さん、さっきの梅花の奇行は見逃してくれ。面倒になると割と困るんだ」


「い、いやだね……私、将来、記者に、なりたいから……でもこんなに必死なんだから、見なかったことにしてあげるよ……うぇ……走りすぎて吐きそう……」


「同じく……」

 

「どうせ甘利さんも梅花と一緒で普段運動とかしてないんだろ。なのに走るからだ」


「ごもっともです……はふぅ……落ち着いてきた」


 息を整えると異常なほどに脈打ちしていた心臓も次第に落ち着きはじめ、深く息を吐く。

 

「はぁ……疲れた。私帰るけど……梅花ちゃんはどっち方面? もう家過ぎてると思うけど」


「うんちょっとね。ていうか気になるの私だけなんだ?」


「まぁ菊城君の今の家知ってるからね。ていうか同じマンションの2個隣なんだけど……あれ、もしかして知らなかった?」


 引越して少しは慌ただしく様々なことが起きており、周囲に挨拶回りなどする余裕がなかった忍。だからか近所にクラスメイトがいることなど知る由もなく、その事実に彼は目が点になっていた。


「だから俺の帰路については何も聞かなかったってことか……」


「そういうこと。それと私の前を菊城君と梅花ちゃんが歩いてたりするから梅花ちゃんの家知ってるんだよねぇ。まあ詳しい位置は知らないし、ここまで着いてきてることについては全く見当がつかな……いや、もしかして梅花ちゃんは菊城君の家に遊びに行こうとしている……?」


 再び歩き始め里寿は腕を組みながら情報を整理して推測を述べる。まだ梅花が忍の実家で居候をしていることを知らないため、少ない情報で考えられるものなのだが、ものの見事にその推理は的中し、梅花は額に汗を浮かべていた。どうやら忍にも一切伝えていなかったようだ。


 また横並びで歩いているため彼女の感情は2人に伝わることはなかったものの、急に静かになったことで里寿の推測が図星であることを知った忍は深く息を吐いた。


「梅花……隠す気とかないだろもう……」


「うぐっ……で、でも希望ちゃんと六花ちゃんのこととかで作戦会議したいなって思ってるから……!」


「それならライムでも……まぁいいか。どうせ断ってもお前のことだから帰らないのは目に見えてるし……」


 必死に忍の家までついて行き、家の中に入るための理由を言う姿に口元を緩ませる里寿。先程やめろと言われていなければきっと今の言動も、梅花が忍に溺愛しているのもメモしていただろう。


 それを封じられている彼女ができることは当然限られており。


「2人の仲の良さに私は要らなそうだねぇ〜! ちょっと甘い空気に耐えられそうにないし、私は遠回りして帰るねぇ〜! このままだと記者見習いとしてメモして噂として流しちゃいそうだし〜!」


 と、彼女の言葉に顔を赤らめる2人の反応など見ずに里寿は2人かららんらんと遠ざかって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る