2章
第37話/変化を逃さない
「おっはよーう! 忍くん! 昨日はありがとね」
翌日。忍の家と実家は別方向のためその日お互いが初めて会ったのは教室だった。
先にたどり着いていたのは忍で、後から来た梅花が彼の姿を見つけるや否やいつもよりもハキハキとした声色で、大袈裟に手を振ってから彼の元に歩いてくる。
「梅花……朝からうるさい。鼓膜ちぎれるかと思ったんだが……というかお前なぁ……」
そんな彼女を蔑視する忍は、今のやり取りで周りがざわつき始めたのを感じ取り、直前に言った梅花の言葉を思い出し深いため息を吐く。
彼女とちゃんと知り合ってから溜息が多くなっているのが悩みな彼だが、毎日のようにこうも悩まされては仕方ないと思いつつ事実を誤解として隠蔽させる方法を考える。
「難しい顔してどうしたの忍くん」
「お前絶対わざとだろ……」
誤魔化すのは今のことが真実であることを知られたくない人物が近くにいるからだ。だがその方法を見つける前に大きな問題が発生した。進学初日にあれ程人を嫌うような言動を放っていたのに、梅花のことを名前で呼んだのを大半が聞き、この一瞬でクラス内に広まり変な方向へと解釈され休み時間には忍の周りに人だかりができるほど大事となったのだ。
もちろんその人だかりには瑠璃もおり。
「ちょっと話しあるんだけど、付いてきてくれない?」
上からギロリと鋭い刃物のような視線を放ち、半ば強引に忍を連れ去る瑠璃。彼の隣にいた梅花のギョッとした様子も、周りのことなどもお構い無しに2人きりになろうとしているのだから、余計に変な噂がたち始めるもののそれすら聞こえていない様子だった。
少しして屋上扉前に来ると手を離してくるりと踵を返す瑠璃。刹那彼の顔面横の壁に瑠璃愛用のカッターが突き刺さる。
「……一体どういうこと? 何を勝手に私の許可無く梅と付き合ってるの? 前は誤解だったみたいだけど今回は本当そうだし、説明して」
「おい待て。何か勘違いしてるみたいだが別に付き合ってるわけじゃないぞ」
先程の瑠璃の言葉に違和感を感じた忍は彼女が噂に踊らされていることを悟り、誤解を解くべく殺気を纏い睨んでくる彼女に補足する。
すると彼女の目が更に鋭さを増し、まるで極寒の吹雪の如く冷たい眼差しを向けてくる。
「は? ならなんで前よりも仲良さそうになって、名前呼びになってるの」
「いろいろあったんだ」
「毎回思うんだけど、それ答えになってないから。ちゃんと答えて。さもなくば――」
「わかったわかった……でも言うのは恥ずかしいんだがな……」
休み時間は限られている。そのため瑠璃には全て言うことはできなかったものの、梅花に誘われデートをしたことと自身の気持ちを伝えたうえでそういう関係にはなれないと言ったことを教えた。
しかし。
「は? 梅を振った? よし……殺す。絶対殺す。後悔できないくらいに殺す」
話を聞いた途端彼女の瞳から光が消え失せ、壁に刺したカッターを再び手に取ると、カチカチと刃を伸ばし両手でしっかり握り彼女の威圧が増した。だが梅花の母親ほどではなく、忍は一切怯むことはなかった。
「そこまで行ったら単なる殺人鬼だからな? というか今のどう言っても俺が切られるのから逃れないじゃねぇか……でも俺は言えることは全部話したつもりだ。今のを信じてくれないのなら刺してくれて構わない」
「……たとえ梅と付き合ってるとしても、付き合ってなくて振ったとしても私にとって君は気に食わないからね。正直梅には近づいてもらいたくないし今すぐにでも葬りたい」
カッターをくるりを翻しカッター刃の背を彼の首筋に当てて今までに無いほど睨み殺気を放つ。
その圧力とひやりと微かに伝わる冷たさに生唾を飲み込む彼。だが、動揺は上手く隠している。
刹那。彼から距離を取り息を吐いた瑠璃は続けて。
「でも……君の言った通り、人付き合いって結局他人が止めるようなものじゃないし、菊城がだいぶヘタレなのがよくわかった。まあ何か事情があるのは何となくわかったし今回は見逃す。でも、今後梅を泣かせたら切るから」
ここでどうしたところで、梅花を間接的に苦しめてしまうのは目に見えていた。だから脅しながら彼の真剣な眼を見ていたのだが、忍の話が本当であることを悟り、手を下すのはやめたのだ。
その後肩の力を抜いた彼女は伸ばしたカッターの刃を収容し、スカートのポケットへと忍ばせた。
「……わかった。それじゃあ委員長、話はこれで。さっさと教室に戻って準備しないと遅れるから急ぐぞ」
「待って。私のことも名前で呼んで。いつまでも委員長って呼ばれるの嫌だし、梅と君が名前で呼び合うなら私も名前で呼んでほしいし」
話が終わり、教室へと戻ろうとした刹那。瑠璃が今まで忍から委員長呼ばわりされ続けていたことに対して文句を言い始めた。と言っても梅花と忍がお互い名前で呼び合う仲になったなら梅花と同じく名前で呼び合いたいという気持ちからのもので、本当は彼からどう呼ばれようがあまり気にはしていなかった。
もちろん彼女が梅花のことを好いているのは前から知っているもので、心の声が聞こえなくなった今でも彼女の言葉の真意は何となく理解できてしまう忍。やれやれと唖然として息を吐くと続けてこう言った。
「本当に梅花のこと好きすぎるだろお前……まあ刺されるのは実際嫌だし、苗字とかより名前で呼ぶ方が絶対良いみたいなこと梅花に言われたからいいけど……それに委員長……じゃなくて、瑠璃には大半は襲われかけてるけど、何度か話した仲だからな」
「……忍、
瑠璃の無茶ぶりに対して、少しは人間性を知る仲だからと忍は言うが、理由が長ったらしく少しの沈黙の後、瑠璃が忍にじとっとした目を向けてそう言う。
その言葉は梅花からも何度か言われたことがあるもので、そんなにわかりやすいのかと言わんばかりに彼は心底落胆した様子で呟く。
「……早速呼び捨てかよ……ていうか瑠璃にまでそう言われるとは思ってなかった……そんなにツンデレなのか俺……」
「正直、2人から言われてるなら間違いなくツンデレだと思うけど? まあいいや、そろそろ時間だし戻ろう……って言ってるそばから! ああもう、君が話を渋ったから! 次移動教室なんだから早く行くよ!」
「先に戻ろうって言ったの俺なんだが……?」
2人が次の授業に向けて足を動かし始めた瞬間、チャイムが廊下に響き渡り、授業が始まる直前であることを知らせる。先ほどとは違ってただの怒りを見せる瑠璃が持ち前の運動神経をもって階段を飛びもう誰もいない廊下を物凄い速さで駆けていった。
もちろん忍は全力を出しても追いつけるはずもなく、ただその後ろ姿に感心していた。
「流石文武両道ってだけあるな……」
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