第38話/理科室で

「ぎ、ギリギリセーフ……?」


「そんなわけあるか。チャイムなってから既に2分経ってるからな?」


「すみません……」


 筆記用具などを持ち忍なりに全力で走り、息を切らして理科の移動教室先へとたどり着いたのは瑠璃と別れてから2分ほど経ってからだった。


 つまりギリギリセーフ所ではなく普通に遅刻。故に遅れてきたことに対して、それが当たり前にならないように理科担当の男教師は注意する。


 もちろん瑠璃は既に着席しており、遅れてきた彼を見てだらしないと言わんばかりに鼻で笑い余裕すら見せている。


「まぁ逆に2分しか遅れてないし授業に支障はないから、さっさと座れ」


「分かりました」


 特に長い説教などはなく直ぐに自分の場所に座る忍。


 理科室の着席順は教室のとは異なり彼が座る場所の隣は瑠璃。そして彼がいる同実験台には理科でしか関わらない2人の生徒がおり、ちょっと怒られたあとの気持ちを抑える時間は全くない。


「ねね……桜木さん。桜木さんと……菊城君の2人はどんな関係なの?」

 

「私はこいつの監視役みたいなものだから」


「か、監視役?」


「そ、忍は問題児だからクラスの委員長として監視してるの」


「へ、へぇ……じゃ、じゃあえっと、菊城君は梅花ちゃんと付き合ってるって本当?」


 授業が始まり、4人が実験台に体を向けたところで目の前の生徒が問いかける。


 彼女は甘利里寿あまりりず。天真爛漫でおしゃべりが朝飯よりも大事とすら思っているロングの栗毛が印象的な女子だ。特に噂話には精通しており、学校内外関係なく甘利に噂の詳細を聞くと教えてくれるほど。一体どこで情報を入手し知識の糧としているのかは定かではないが、そんな彼女でも今回の噂の真偽を確かめたくなり当事者たちに聞いたのだ。


 そして真っ先に問われた瑠璃は今の関係を【監視役】と称するが、里寿はその関係性をいまいち理解しておらずリアクションに困り果てていた。ならばと忍にあの噂のことを尋ねる。


「里寿、さっきからそうだけどそういうのは急に聞くものでは無いし今は授業中だ。ただでさえキミは単位が――」


「あーもー、瑞樹みずきの説教タイムはいいから。やればいいんでしょー。ちぇー」


 目を輝かせ授業そっちのけで忍たちに話しかけてきた里寿を止めたのは、彼女の隣にいる華崎瑞樹はなさきみずき


 女性のような名前をしているが男だ。背は小さく整った髪でのちょびポニーテールや透き通るほどの艶と張りのある綺麗な肌、女性のような柔らかさを持ったハスキーボイスを持っているが、やはり男だ。


 そのクラスは皆もはや慣れてしまっているが、初めて彼と会えば頭が混乱してしまうのは間違いないほど美人で、一部からは男女おとこおんなと非難されている。しかし当の本人は聞く耳すら持たない。


 曰く、非難する者を惨めと思うのと、そもそも男女は男みたいな女であって、女みたいな男では無いと考え相手にしないそうだ。


 そんな心の冷たさすら持ち合わせている彼と里寿は子供の頃からの付き合いでお互いのことをよく知っている。


 故に里寿の弱点を突く形で彼女の行動を停めることができていたのだ。


 里寿はむすっとわかりやすいくらいに不機嫌になり、やればいいと自棄に言っておいて勉強に興味がないのか、ペンを上口唇と鼻の下で挟んで「むー」と唸っている。


 そんな里寿を放っておいて、忍は瑞樹に助けてもらった礼を言った。


「えっと、ありがとな華崎」


「礼はいらない。俺は噂を信じないタイプだし」

 

 忍とは一切目を合わさずただ淡々と言葉を交わし、授業をなぞるようにてきぱきと準備を進めていく。

 

 文武両道の瑠璃ですら出し抜く理系脳をしているためか、中々頼りがいがありいつも彼の指示の元実験などを行っている。この日もまた然りであり、あっという間に準備から実験などが終わる。


 とはいえミス無く順調に先生から出された課題をこなしたからと言って、誰よりも断トツに早く終わった訳では無い。実験時間は皆平等なのだから、彼らは多少早く終わっただけだ。


 そして何事もなく授業も順調に……は終わることは無かった。


 突然忍の背後でガシャンとガラスが割れる音が響いてきたのだ。


 その場にいる全員がその音に驚き、空木のグループへと視線を向ける。そこには青ざめた顔色を浮かべて立ち上がっている梅花と、彼女の正面にいる普段物静かな海静希望みしずのぞみ雪落六花ゆおちろっかが固まっていた。


「大丈夫か!? 3人とも怪我はないか!?」


 音からしてガラスが割れる音なのは間違いなかった。実験台の上にビーカーがないのも何かあったことを物語っており、額に汗を浮かべた先生が駆け寄り3人の心配をする。実験中の事故はたまにあることとはいえ、扱っているものが危険物だった場合怪我だけじゃ済まない。加えて学校は子を預かり、勉強させる施設。授業中に怪我なんてさせれば大騒ぎになってしまう。


 とはいえもしそうなったら、その時はその時であり謝罪するしかないのが教師だが、だからとて心配しない訳にはならない。


「……あ、えっと大丈夫です! かかってないしぶつかってもないので!」


「なら良かった……でも一体何があったんだ?」


 腰に手を当てドヤ顔を浮かべる梅花。その様子に胸を撫で下ろす先生だったが、一体何が起きたのか説明を求める。


「こ、こっちも実験が終わって……その、えっと……片付けようと思って手が滑って……」


「そういうことか……でも片付ける際はちゃんと周りに注意するように。今回は何事もなかったし、触れても問題はないものだからよかったけど、ものによっては万が一のこともある。以後注意するように」


 海静が挙動不審になりつつ手が滑ったと伝える。その様子には一切気づくことも、違和感を持つこともなく先生は再び安堵すると全員に片付けるように指示を出すと、現時点で不明点があれば他の班に聞く旨を話し早めに授業を終えた。

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