第36話/告白と気持ち

 ずっと。ずっとずっと。


 梅花が忍のことを好きになってから日は浅いがずっと想いを寄せていたからこそ、彼の想いがしっかりと自分へと向いたと感じた彼女は心が飛び跳ねていた。


 きっと顔に出てると思いながら、彼から確証を得るための言葉を出すために彼の顔を覗いて誘導するように言葉を紡いだ。


 そして、彼女の期待を膨らませた視線に負けて彼は口を開いた。


「その、さっきまで色んなことがあって急にこんな事言うのもなんだけど……俺は……その……空木さんのことが好き……だとは思う。でも……すまん。空木さんの気持ちはわかるし、両想いなら付き合いたいとか思ってるのは知ってるけど、今は付き合うことはできない。せめて時間をくれ」


「……え?」


 彼から聞こえた言葉に昂りを覚えていた心臓が何かに掴まれるような感覚を梅花は覚える。周りの音も急に遠ざかり自分の心臓の音だけが彼女の耳に響く。


 丸くした目は自然と涙が込み上げ瞳を濡らす。


「えちょ……な、泣くなよ、なんか俺が悪いみたいになるじゃねぇか」


「だ……だって……つまり私は振られたんでしょ……」


 ぐすっと鼻を鳴らして涙を堪えるように俯いて体を震わせる。今すぐにでもその場を去りたい気持ちだったが、足が動かずにいた。


 ふつふつと湧き上がる怒りと胸が締め付けられる虚しさ。もうこれ以上この空気に浸ると絶対に感情が溢れ出てかえって迷惑をかけてしまうと察し、何も聞きたくないとすら思っている。


 その様子からよほど辛い気持であるのが伝わってくる。しかしそれが分かったところで忍にはどうすることもできず、ただフォローとして振った真意を伝える。


「あのなぁ……ちゃんと知り合ってまだ数ヶ月だろ俺たち。お互いを支え合うとか、お互いの秘密を知った仲だけど、付き合うならちゃんとお互いを知る必要があると思うんだ。それに俺は樹との件から恋愛自体怖くなってるのもあるし……だから時間をくれって言ってるんだ」


「でも、でも……例え知り合ってまだ短くても、私にとってはずっと待ってたのに……それじゃあ、いつまで待てばいいのさ……!」


 俯いたまま叫び、訴えかけるように顔を上げて彼に問いかける。


 確かに彼らは同じクラスになり、話すようになってから1シーズンしか経っていない。


 一目惚れならば有り得るようなものだが、忍は過去に幼なじみである樹に振られ嫌な思いをして以来恋愛は怖いものと感じ、興味をなくしていた。それを克服するまではという意味も含めて好意を受け取りつつ、付き合うことはできないと振ったのだ。


 忍の過去の経験を知る梅花も何となく理解はしているようだが、数ヶ月も我慢していたためか泣きながらも焦っている様子だった。


 忍は1度恋をしたことがあるからこそ、彼女の今の気持ちは痛いほど理解できる。けれどこればかりは譲れないと忍は彼女の問いに答える。


「いつまでとかは正直わからない。でも卒業までには返事を出すよ必ず」


 涙を零す彼女の眼を見つめて彼は真剣な表情を浮かべて約束を交わす。


「……わかった」

 

 彼らは2年生、つまり再来年の春までにはということだ。待たせるにしては随分と長い日だがそれまでにはなのだから、まだ希望はある。


 そう解釈した梅花は、ぽつりと言葉を零すと、溢れた涙を手で拭い腰に手を当てては得意げな顔をして。


「それまでに私が別の人好きになっても文句言わないでよねっ!」


 と、最後には眩しい笑顔を浮かべて彼女は帰っていった。


 



 家の中へと入り、頭を抑えながら深いため息を吐く忍。樹に出会ったことや、心の声が聞こえなくなったこと。そして先程の梅花とのこともありどっと疲労感が押し寄せてきた。心做しか頭に鈍痛を感じ、ベッドに仰向けで倒れ込む。


 左腕を額に当てて再び息を零すと、ポケットに入れた携帯から通知音が聞こえる。


 重たい腕を動かしスマホを確認すると梅花からの連絡が入っていた。


 ――――――――――――――――


<『忍くん今日はありがとね。ちゃんとお礼言えてなかったから』13:27


 13:28既読『別に気にしてないし、寧ろ俺には罪悪感しかないから』>


<『すーぐ謙遜するー。しょうがないことだから罪悪感なんて感じなくていいと思うよ』13:31

<『いつなにがあるかわからないのが世の中なんだし』13:32

<『でもまぁ、忍くんらしいとは思うけどね』13:32


 13:34既読『まぁそう言われると何も言い返せないが……ところでなんだけど』>


<『お、まさかさっきの返事!?』13:34


 13:37既読『それはまだ待てと何度言ったら……はぁ、そうじゃなくて……これからは名前で呼んでいいか? 付き合うとかそれ以前に、少しでも慣れた方がいいかと思って』>


<『まじめかよっ! ほんっとうに忍くんってやつは……』13:39

<『まぁ名前で呼んでくれたらこっちとしても嬉しいよ。今まで他人行儀みたいでなんとなーく嫌だったし』13:39


 13:39既読『そういうものか?』>


<『そういうものですー! 乙女心なにもわかってないねぇ』13:40


 13:40既読『俺は男だからな。あ』>


<『そういうことじゃって、あ?』13:42


 13:43既読『すまん。実は頭が痛いから寝ようとしてたのを思い出した』>


<『それ先に言おう!? ともかく寝て寝て! 話はまた今度でもいいから!』13:43


 ――――――――――――――


 先ほどあんなことがあったにもかかわらず平然とメッセージを送ってくる彼女のメンタルに苦笑を浮かべながら返信を重ねる。


 途中、今日のこともあり実質的に友達以上恋人未満の関係ということになったと感じる忍は、少しでも【恋】に、自分の気持ちに慣れるため梅花のことを名前で呼んでもいいかと問いかけていた。


 大体は聞かずとも変でなければ好きに呼んでくれて構わない人ばかりで、梅花も忍もそのタイプだ。しかし誠実な忍は人の名前を、まして異性の名前を呼ぶことに抵抗があり、聞かずにはいられなかったのだろう。

 

 彼の提案を快諾する返信やその後のやり取りも文字だけなのに梅花がどんな表情で、どんな仕草で言っているのか想像が容易につく。


 そんな彼女との会話が続くたびに頭痛を忘れるほど楽しくも感じ、思わず笑みが零れる忍。だが忘れるだけでありなくなったわけではなく、ふうと息をついた途端再び鈍痛が彼を襲った。

 

 そのことを伝えると彼女の不安が伝わってくるようなメッセージが送られてくる。だが頭痛のメッセージを送ってからそんな気がしていた彼は最後のメッセージを見て携帯の画面を消し、夢の世界へと意識を投げた。

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