第35話/たとえ心の声が聞こえなくても
「……空木さん。その……こんな時に言うのもあれなんだが、……人の心の声が聞こえなくなった」
真剣な眼差しで言い始めたと思えば、彼の中の罪悪感が勝り彼女の顔から視線を逸らし呟いた。
一瞬愕然としていた梅花はすっと立ち上がると彼の手を半ば強引に引いて映画予告が流れ始め暗くなった会場から出た。
「う、空木さん? 映画始まるのにどこに……」
彼の問いに何も言わずひたすら歩き、外へと出た。
外に出ると急に立ち止まり彼女は踵を返して忍を睨みつける。その目には涙が浮かんでおり、色々な感情が溢れているのが見て取れた。
「忍くん……! 私の秘密を知った時約束したでしょ、お互い支えあおうって! 確かに私は嘘を吐く病で時には思ってる事の正反対の言葉を言ったりするけど! でも……でも私はあれから1度たりとも君のことを頼らなかったり、嫌いになったことなんてない! ……そりゃあ本当の気持ちを掬ってくれるのは嬉しいけど、たとえ心の声が聞こえなくても忍くんは忍くんなんだよ! 私が好きなのは忍くんの能力じゃなくて忍くん自身なんだよ……だから、心の声が聞こえないからって、私の心を読めないからってそんな悲しい顔しないで。私は絶対君から離れるつもりは無いから」
公衆の面前で大声で叫ぶ梅花。周りの目など気にせず、忍が心の声が聞こえなくなったと目を逸らして言ったことに酷く怒り、しかしそれで嫌いになることなど絶対にないと断言すると、罪悪感で未だに目を合わせてくれない忍を優しく抱きしめる。
傍から見れば痛々しいカップルにしか見えないが、今はどう思われようと関係ない。彼女はただ彼を励まし続けた。
「空木さん……ありがとう。少し落ち着いた」
「ならよかった!」
「でも映画は……見損ねたな」
「別にいいよ~。私にとっては忍くん第一だから。映画なんてまた来たらいいし、最悪レンタル開始するまで待ってもいいからね」
「そうか……えっとそれじゃあ、次は……?」
「うーん。ちょっと早いけど色々あったし、一旦帰ろ? 少し休んだら忍くんのそれ治るかもだし。まあ私としてはあってもなくても忍くんだから関係ないけど」
「少し他人事なのが腹立つな」
「あはは! 少しどころか全然他人だけどね? というか忍くんがそれを言う? 人のことを助けておいて知らん顔してた時もあったくせに」
「……その節はすまん」
「いやだなぁ! 謝らなくてもいいよ!」
忍の体調を考えてデートは中止し、忍の家へと向けて2人は歩き出す。先ほどまでふらついていた足取りも外に出て、少し休んだらちゃんと歩けるようになり、梅花と歩幅を合わせる。
「はぁ……色々あったけど楽しかった! いや、良く考えれば喧嘩なりかけて映画は見れなくて忍くんが倒れかけてだから苦労しか無かった???」
歩きながらも少しだけ話をし、気づけば彼の家の前まで来ていた。
大きく背伸びをして今日の出来事を振り返り喜色が満面に溢れていたが直ぐに腕を組んで小首を傾げていた。
彼女の言うとおり今回の2人のデートは楽しいこと自体少なく、心身共に疲労が増すほど焦燥感に満ち溢れた時間を過ごしていた。
「でもやっぱり、好きな人とデートっていいね!」
心の声が聞こえなくなったと伝えてから、彼女の好きアピールが猛烈に増しているように感じる。いや、彼女はもとから猛烈なアピールをしていた。それを見て見ぬふりをしてしっかりと受け止めていなかったからこそ、改めて彼女の好意が適当に言っているものではなく、本心からのものであることが伝わってくる。
今までも彼女の好意は恥ずかしくなるほど聞いてはいたが、今回のは恥ずかしさに加えて心臓が今まで以上に高く唸り、顔が真っ赤に染まっていく。まるで今まで我慢していたものが爆発したかのように、彼女に対しての気持ちが心から溢れてくる感覚が彼を襲う。
いつになく彼女を意識するようになった瞬間から、彼女の笑みが今までよりも可愛く見えたり愛おしくすら感じるようになり、いつもどうやって接していたのか時折忘れそうになる忍。心の声が聞こえなくなった時の焦りを落ち着かせたばかりだというのに、まさか別のことで動揺するとは思っていなかったようで、一旦呼吸を整えるために深呼吸を行う。
しかし、またしても忍の様子がおかしいと梅花は彼の顔を覗き込むようにして再び「大丈夫?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから、そんな近づかないでくれ……」
「むっ……なんか距離感が、もしかして何か嫌なことしちゃった?」
「そういう、わけじゃないんだけど」
「えーじゃあ
彼の前に回った彼女は、彼の顔をにやけながら覗いて言った。
慰めてから忍の様子がおかしくなり、態度が変わったから何となく彼の気持ちを察し、あえてあの言葉をこの場で言わせようと誘導させているのだ。
混乱に陥った忍ならば冷静に考える余裕はない。つまり彼の心を引きずり出すには丁度いい機会でもある。わくわくと目を輝かせて彼のことを見つめているとついに彼は口を開いた。
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