第34話/聞こえない
腕を引っ張られたどり着いた場所は映画館。
映画館も忍にとっては嫌な場所で、いつも入るやいなや酷い疲労感に襲われたり、頭痛に悩まされていた。
しかし今回は体調が悪くなっている気は全くなく、しっかりと意識も保つことができている。
今までとなにか違うのかと考えてみても原因は不明である。
というのも、今現状のことを考えると梅花と一緒にいるからと推測できるものの、過去に梅花とデートした際にゲームセンター等の音が反響し合うような施設に全く入れなかったのだ。
そのため『梅花と一緒にいること』は症状が軽減されている原因から除外。ならば樹が接触してきたのが原因とも考えるが、嫌いな存在である以上ありえない。
そうやって消極法で答えを導き出そうとした忍だが、梅花が一緒にいることで気持ちが楽になり、普段避けていた場所に入れていることなど当の本人ですら知る由もない。
「あ……い、今更だけど忍くん、こういうところ大丈夫?」
――前にゲーセン連れてった時顔色悪くなってたし……。
「あぁ……不思議なことに大丈夫だ。ゲーセンと同じでいつもは避けてる場所なんだが……全然なんともない」
「そっか……よかった」
――でも辛かったら言ってほしいな。さすがに辛い状態で楽しんでほしくないから。
「まあそのときはちゃんと言うから」
不思議と軽い足取りで彼は梅花のあとをついて行く。ここまで来たのならいっそどこまでなら大丈夫なのか知りたくなったのだ。
道中様々な人とすれ違っていたが、気にする事はなくあっという間に会場へと足を踏み入れていた。
その瞬間のことだった。忍がふらりと体勢を崩してよろめき、梅花の肩を借りるようにして身体を休ませたのは。
原因は会場。閉鎖空間かつ、人が割といる場所は様々な人の心の声が木霊しやすい。たとえ梅花が一緒にいることで症状が抑えられているとしても、木霊して四方八方から響いてくる声は忍の精神をごっそりと削るのだ。
「忍くん!? 大丈夫!?」
「あ、ああ……ちょっとよろけただけだ」
「ならいいんだけど……無理はしないでね? 忍くんたまにやせ我慢するし」
肩を貸して今にも倒れそうな忍を支えていたが、ゆっくりと通路脇に寄り、心配そうに言葉をかける彼女。映画を楽しみにしてはいるが梅花にとって一番大切なのは忍だ。特に今はデート中。一緒に楽しんでもらいたいからと足を運んだのに忍が楽しんでくれないのなら意味はない。
また以前一緒にゲーセンへと行った際に頭痛を訴えたこともあり心配なのだ。
「……善処する。とりあえず一瞬だけだったから、今は大丈夫だ。頭も痛くない……あんまりここにいると心配されるからさっさと席に行くぞ」
「う、うん」
体勢を崩すほどよろめいたのは一瞬のこと。だがまだ足取りは覚束無い状態で、歩くだけでも危なっかしい状態だったがそれでも何とか指定席に座ることができ、安堵の息を吐く。同時に頭の中で何かがつっかえているような違和感を覚えるが、その正体はわからない。
「ほ、本当に大丈夫……なんだよね?」
「……ああ。まあ少し変な感覚はあるけど、問題は――」
そう言いかけて、彼は先ほど感じていた違和感に気づいた。
「……空木さん。まだ映画って始まらないよな?」
「え? うん、あと5分くらいあるけど」
「そうか、そういえばこの後の予定は決めてたりするのか?」
「一応決まってるけど……急にどうしたの?」
感じていた違和感の正体の確たる証拠を掴むためそれとなく2つほど質問を投げた忍。
急に聞かれて困惑している様子を浮かべつつ返事を返す梅花だったが、2つ目の質問に限っては不安の表情よりも少し嬉しそうな明るい顔をしており、彼女の内心では違うことを言っている、もしくはからかっているのだろうと彼女の言外の意を
――やっぱり。心の声が一切聞こえない。
数か月の付き合いだからこそ心が読めずとも忍は彼女の考えくらいは何となくわかるのだが、先ほどまで耳に響いていた彼女の心の声が一切聞こえなくなっていた。念のためにと周りの人たちにも耳を傾けるが、やはり心の声は何1つ聞こえない。それでもうっすらと聞こえるのは客たちの他愛のない雑談だけ。
耳を傾けたことで会場に入った時よりも静かになっているのにも気づき、忍の額に冷汗が流れ落ちる。
散々鬱陶しく感じていたその共感覚の能力は何度も消えてほしいと願っていた。それが原因でいじめを受けたり、頭痛に見舞われたり、自分を騙したりする必要があり苦痛を感じていたからだ。だが今となっては嘘吐き症候群を持つ梅花とちゃんとしたコミュニケーションを取れる手段であり、彼の思考からいつの間にか消えてほしいという思いは薄れていた。
にもかかわらず、こうもあっさりと消えてしまい彼女の心が読めなくなったことに焦りと恐怖が彼を襲った。
「忍くん? どうしたの? さっきから様子が変だよ?」
彼の身に何が起きたのか気づくことのない梅花は、彼の息が上がっているのを見て今までよりも不安そうにして彼に問いかける。
「……空木さん。その……こんな時に言うのもあれなんだが、……人の心の声が聞こえなくなった」
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