第30話/引っ越し早々トラブル

「いやぁ……まさか寝落ちしてたとは」

 ――まぁ引越しって大変だからなぁ。


 チャイムを一度だけ鳴らすのに飽き足らず、これでもかと連続でチャイムボタンを押しまくりけたたましい音が耳をつんざく。


 慌てて覗き穴を覗くと真剣な眼差しでチャイムを連打している梅花がいた。


 これ以上チャイムを押され騒音被害になる前にと、扉の先にいた梅花を家の中へと入らせ、事情を説明し今に至る。


「で、何の用だ? 用があって連絡したんだろ?」


「引越し祝いに――」


「却下」


「待ってまだ何も言ってないよ!?」

 ――心の声すら聞いてないよね今の!?


 まだ何も言ってないのに拒む彼の言葉に、大袈裟に腕を振り怒る。要件くらいちゃんと言わせろと言わんばかりに上目遣いで睨んでいると、忍が淡々とした声色で言う。


「なんだろうな。身の危険を感じたんだ」


「えぇ……どうなってるの忍くんの感覚……これが重要な事だったら困るでしょうに……」

 ――まぁ実質私がその感覚を磨き上げたような気もするけど。


「お前のことだ、重要なことじゃないだろ」


「かっちーん……忍くん、私を見くびってもらっちゃあ困るよ! でも謝ったってもう遅いからね! 忍くんはもうずっと家電無し生活だよっ!」

 ――一人暮らしをするなら、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機とか必需品なのにいらないなんて……!


 忍の態度に痺れを切らした梅花は立ち上がるとビシッと忍に指をさして激怒する。


 しかし身が竦む程の覇気を感じることの無い姿と、彼女からでた言葉では彼が動じることはない。

 

「なん……だと……と言うと思ったか。別にそれらなくてもなんとかなるぞ今のご時世」


「ぐぬぬ……ぐうの音も出ない……」

 ――悔しい……。


 最低でも電気さえ何とかなれば今のご時世どうとでも生きることができる。電子レンジが無ければカップ麺なり、弁当を買えばいい。洗濯機が無ければコインランドリー。冷蔵庫が無いなら保存するようなものを買わなければいい。


 といったように。


 ただそれらの家電がないことで食費費用が跳ね上がってしまうのが痛いところではある。それでも家電か無いなら無いなりに生きていけるのだ。


 もちろんその事は現代っ子である梅花も知っていることではある。なのに危機感を煽らせる様に言ったのは、彼と一緒に買い物をしたかったからだ。


「全く。何が見くびってもらっちゃ困るだ」


「だってぇぇ! うわーん! もう忍くんなんか知らないっ!」

 ――このわからず屋ー!


 身体を震えさせた彼女は目尻に涙を浮かばせ、そう叫ぶと逃げるように走ろうとする。


 周囲には未だ荷解きのすんでいないダンボールがいくつか鎮座している。そんな罠だらけの部屋で慌てて走ろうとするのならば、間違いなく足をすくわれる。


「あいった……っととととぉぉぉ!」

 ――ダンボールに逃げ道を塞がれたぁぁ!


 案の定足をぶつけ体勢を崩す梅花。慌ただしく腕を動かしバランスを取ろうとしているが立ち直せそうになく、腕を動かした反動で後ろに倒れ込む。


 だが痛みを伴うほどの衝撃を感じることは無かった。


 倒れた拍子で瞑っていた瞼を開くと、驚いた表情を浮かべる忍の顔が目の前にあった。


「全く急に走ろうとするなよ。ただでさえ荷物あって危ないのに……怪我はないよな?」

 

「ピャ」


「ピャってなんだよ……」


 好きな人の顔が目の前にあるからか梅花の顔は次第に赤く染っていく。心臓が恐ろしいほど高鳴っている中で、彼に包まれている感覚から倒れ込んだ時に支えてくれたのだと理解する。


 だが彼女が変な声で鳴いたのは他にも理由があった。


 ふと忍の手にが伝わってくる。


 その手を動かそうとすると、梅花の身体がびくりと跳ね、さらに彼女の顔が赤くなり、見えるはずのない湯気が頭から吹き出ているような錯覚を覚える。


 恐る恐る自身の手に視線を向ける。


 彼の右手に納まっていたのはふっくらと主張する胸だった。触れているだけだがはっきりと服越しでも伝わる柔らかさであり、その感触に加えて絶妙な硬さもあった。それでも右手に伝わる柔らかさは今までにないほど気持ちがよく、ずっと触っていたいとも……。


 ――などと感心し、考える余裕など彼には無い。ダラダラと身体中から変な汗が出ており、身体は硬直している。思考も停止しており、まるで置物だ。それだけ彼にとってその衝撃は大きかったのだ。


「し、忍くん……?」

 ――わ、私の胸触って固まらないでよ……!?

 

「あうわぁあ!?!?」


「あ゛だっ!」

 

 真っ赤に染った梅花が漸く口を開くと、今度は忍の身体が大きく跳ね上がる。


 彼女を支えていた腕も驚きに任せて引っ込めてしまい、支えの無くなった彼女の身体は床に吸い込まれ背中を打った。


「す、すまん! 大丈夫か!?」


「し、忍くん動揺しすぎ……」


 腰に手を添えてゆっくり起き上がり動揺してる彼に息を吐く梅花。改めて忍の顔を見るやサッと両手で胸元を隠す。


「……それで、ご感想は?」

 

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