第30話/嫌な思い出が夢に出て

――――――――――――


 4年前の秋。まだ忍が心を閉ざす前の夕日が差す体育館裏。


 中学生の忍は、一見小学生と見間違うほど小さな幼馴染の少女桂月樹けいづきいつきを呼び出していた。


「しの君。話ってなに?」

 ――放課後の体育館裏……もしかして告白? しの君ベタだなぁ。


 忍のことをしの君と呼んだのは紛れもなく樹。聞きなれた淡く高いその声に胸を昂らせ振り向くと、腕を組んで忍を見つめる樹がおり、ミディアムヘアの栗色の髪が秋風に揺れていた。


 子供のような容姿だが、目は鋭く子供と呼ばれないように努力しているのが伝わってくる。


 努力しているその姿や、ずっと一緒にいた幼馴染だからこそ意気投合することもあり、彼は彼女に惹かれたのだ。


 しかし好きになった以上、親から言うのを止められていた、心の声が聞こえることも言わなければならない。それらを含めこうして人気ひとけがなく、見られる心配もない体育館裏という告白定番スポットへ呼び出したのだ。


「しの君? どうしたの? 用ないのに呼んだとかじゃないでしょ?」

 ――乙女を焦らすなんてしの君やるなぁ。


「……樹。俺は樹のことが好きだ。でも言わなきゃならないことがあるんだけど……いいか?」


「うん? 告白は嬉しいしもちろん喜んでだけど、言わなきゃいけないことって?」

 ――今更何を聞いても……。


「俺は……家族しか知らないけど俺は心が読める。今まで通じあってるような感じがしていたのは、心を読んでいたからだ」


「心が……読める?」

 ――またまた冗談を!


「冗談じゃない。……俺は樹が好き。樹も俺に好意を持ってたから告白する決意ができた。じゃなかったら振られた後のこと考えて告白なんてできないから。それに樹なら俺のこの力のことも理解してくれるって思って――」


「――人の心とか思ってることとか何食わぬ顔で聞いてたんだ。最低……しの君がそんな人だとは思わなかったよ。それにその力があって合わせてくれてたなら尚更無理」

 ――だってそれは……一緒に泣いて笑ってた時も合わせてくれてたってことでしょ。それは違うよ……。


 告白し明るい表情を浮かべていた時から一変し、悲しみと怒りが入り交じった複雑な顔色で、片腕を握り俯いてそう告げた。


 その言葉にショックを受けた忍は、戸惑いを隠せていないなかで樹の様子を伺いつつ誤解を解くために口を開く。しかし。


「それ以上近づかないで。……もう私から何か言うことは無いから。ごめん」


 忍を避けるように1歩引き下がった樹は、彼の悲しそうな顔を見ずそのまま走り去って行った。


 それから敬遠となった2人。いつも仲良かったからこそ、彼らの間に何かあったのだろうと周囲の生徒は気づいていた。


 そして噂が噂を運び、やがて忍の周りにはだれも近づくことはなく、悪質ないじめが始まった。


 いや、いじめに関しては樹が多少関与していた。噂自体は他の人からのものだったが、その噂の真実を忍は秘密にしていることを彼女は知っているにもかかわらず樹は口を割ったのだ。


 そして同情した生徒がこぞって忍の精神を削った。


 だが樹は


 そうとは知らず忍は噂話やいじめの人の心を読み、犯人は樹だと確信。信じていた存在が元凶だと思い込み、人を信じることをやめた。


「いい加減認めたらクソ男。人の心を勝手に読んですいませんでしたぁって。樹だってそれで傷ついて謝りもしないって言ってたし」


 樹がいない時を見計らい蔑んだ目を向ける女子生徒。耳を傾ける必要などないとわかっているが、繰り返される行為にとうとう嫌気がさした刹那。景色が暗転した。





「……はぁ、久々に見たなこの


 ぱちっと目を開けると今日から住み始めたアパートの天井が夕焼け色に染まっていた。


 まだ完全では無いが、先に到着していた荷物をある程度片付けて昼寝をしていた忍。悪夢を見たせいで逆に疲労感を覚えているが、また寝るわけにもいかないとゆっくり身体を起こす。


 スマホの時計が示す時刻は19時。時間的には夜だが夏だからか全然外は明るい。


「ん? 空木さんからライム?」


 スマホに写った通知欄に知っている名前があり目を奪われる。


 ロックを解除して梅花とのトーク画面に切り替え送られてきた文に目を通す。


――――――――――――――――


<『片付け終わった?』15:28


<『もしもーし。きいてるー?』15:56


<『返事がない。ただの死体のようだ』16:34


<『……ごめんねうるさかったよね、疲れてるんだよね。返事がないのも疲れてるからだよね?』17:05


<『残念でしたー! 私は忍くんが疲れててもメッセージ送っちゃいまーす!』17:06


 ――以下ウサギが起きろと言っているスタンプ――


<『あまりにも返事が無さすぎて、忍くんのお母さん心配してるから行くね』18:29


――――――――――――――――――


 計57件。途中のスタンプを爆投していたのがありそれだけの件数になっていた。

 

 寝落ちしていた忍も悪いが、さすがにしかめっ面を浮かべてしまう忍。

 

 改めて時間を確認する。現在は19時。忍の家から新居までどんなに遅くとも30分かかるくらいには離れている。


 それに気づいた時には既に遅く、家の中にチャイムが鳴り響いた。

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