第26話/梅花を迎え入れるために2

「どう思ったかですか……」


 忍の母親から忍の心の声が聞こえることを聞いてどう思ったか尋ねられ、硬直する梅花。だがその答えを考える間もなく彼女は思いを口に出した。


「初めて聞いたときは確かにうわ……って思いました。でも、その力も彼の一部。それを否定するのは違うなって。それに私はそんな彼を含めて好きなんです。……えっと、その……私は嘘吐き症候群ライアーシンドロームで時折意図せず嘘が出て嫌がられることがよくあったんです。だから彼と同じように秘密にしていたんですけど、あっさり見破られて……でもそんな私を知っても彼だけはいつも通りで、不意に嘘が出ても彼には私が言いたいことを掬ってくれたり、困ってるときに助けてくれたりしてくれて。この間だって面倒とか危険を承知で私をあの親に渡さないって守ってくれて……ああ、やっぱり好きだなって……あ、今のは嘘じゃないですよ! 本当のことです!」


「ふふっ、梅花ちゃんの赤くなった顔を見れば本当のことくらいなんとなくわかるわ。こう見えて二児の母親だもの。でも忍にそこまで想ってくれてるのね……全くこんな美人でいい子の気持ちを照れ隠しでないがしろにするなんて、据え膳食わぬは男の恥。よねぇ……そうだ! ここに来て早々だけど、忍の引っ越し先で同棲なんてどうかしら!」


 彼女の真面目な告白を聞いてまたも笑みを零す。何かが可笑しいというより梅花が優しく、忍のことをよく思っていることに母親として嬉しさが溢れているのだ。そして嬉しさのあまりおっとりとした目を輝かせて、忍が1人暮らしを始める際に同棲する提案を持ちかける。だが急な話でさらに顔を赤らめ手を大きく振り梅花は戸惑う。

 

「へぁっ!? ちょ、ちょちょそんな急に言われても困りますよ!?」


「冗談よ~。一応梅花ちゃんは預かりっ子なんだから流石に私が決められたことじゃあないからね。あ、でもしばらく一緒なんだし敬語はやめようねぇ」


「え、あ、わかりま……うん……わかった」


「それじゃあ改めてよろしくね梅花ちゃん! あ、そうそうさっき言ってた部屋なんだけど、綾に挨拶も兼ねて案内するからついてきて」

 

 ぐいっと梅花の腕を引き2階へと上がると忍の部屋の横にある扉の前へとやってくる。コンコンと空いている手でノックすると奥から怠けた小さな声が微かに響いてきた。


「……だれ?」


「ふっ……何を隠そう、扉の前にいるのはお母さんよ! どやっ!」


「……普通、どやって言わないと思うんだけど……というか、ノックするくらいなら勝手に入ってきて……」

 

「勝手には開けれないわよ~。ところで驚かないで聞いてほしいんだけどいい?」


「……なにを驚く必要が……」


 梅花が居候すること、綾の部屋で寝泊まりすることは何1つとして聞いていない綾。扉で隔てられたその先に梅花もいることも知らず、覇気のない言葉を返した。

 

 梅花にとって忍の妹はハイテンションな女の子として認識されている。そのため扉の向こうから聞こえた声に愕然として、何度も扉から忍の母へと目を動かしていた。

 

 そんな彼女の代わりに、母親は綾へと言葉を向ける。

 

「今日から梅花ちゃんが居候することになりました~!  空き部屋は無いから今日から綾の部屋で寝泊まりするからね~。あ、梅花ちゃんはこの間忍が連れてきた子よ〜」


「……は、ぁ!?!?!?!?!?!? しのにぃってばとうとう手を出して同棲始めるの!?」


「やっぱり驚いたね~驚かないでって言ったのに~」


「驚くに決まってるじゃん! え、ていうか暫く家にいる!? しのにぃと彼女さんが同じ屋根の下でってことはあんなことやこんなことが!?」


「よーし、落ち着いてね~綾……あはは、ごめんね梅花ちゃん。綾は極度のあがり症で慣れてない人が来ると人格変わっちゃうの。慣れたらさっきみたいにやる気のない感じになるんだけどね~。でもやっぱり急すぎたわねぇ……」


 梅花が居候することをゆるい口調で伝えた途端、部屋の中からばたばた、どたどたと忙しない音が響き始める。余程興奮してしまっているのが伝わってくるほどだが、ここまで上下が激しいとは思わず再び驚いた梅花の心の中で色々と心配事が増えてしまっていた。


「あ、あの……さっき綾ちゃんの部屋で私は寝るってことになってましたけど、だ、大丈夫なんですかこれ……」


「さっきも言ったけど慣れたら戻るの。だから暫くはお互い刺激が強いと思うけど、そのうち仲良くなって大丈夫になるはずよ~。あと敬語取るの忘れてるわよ?」


「あ……そ、そうなんだ……なんていうか菊城くんが大変って言ってた意味が分かった気がする」

 

 これから大変だなぁと不安そうな表情で頬をかく梅花。

 

 いつだったか家族は面倒だなどと忍が言っていたのを思い出し、その言葉の意味を改めて酷く痛感する。


 些細なことで大げさにしてしまう母、慣れていないことが起きると興奮する妹。一時的なら可愛いものだが、それがずっと一緒ならば考えるところもあるのだろうと。

 

 しかし梅花からすると楽しい家族という認識でしかなく、大変だと面倒だと言っていた意味が分かってもなお、羨ましく感じていた。


「さて、綾にも伝えたことだし、私は夕飯作っちゃうわね。それまで綾と話すか、忍といちゃいちゃするかしててね~。あ、ちゃんとゴムはつけるのよ?」


「ふぇっ!?」


 一仕事終えたと言わんばかりに忍の母親は、梅花を置いて1階のキッチンへと向かう。その際にまにまとしながらとんでもないことを言い放っていき、その言葉を聞いていたのか忍の部屋から咳き込む声が響いてきていた。


 また突然の言葉に梅花も驚いていた。イチャイチャしたいと思っているのは事実だが、流石に付き合ってもおらず、実質一方的な想いを向けているだけでそういう行為をするのは一切想像していなかった。


 母親が言った言葉が冗談であるのは理解できるものの変なことを言われたせいで、梅花の顔はゆでダコの如く赤く染めあがり、両手で顔を覆う頭からは煙が出ていた。


「わ、私……色んな意味で大丈夫かな……心が持たない気しかしてこないよ……」

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