第26話/梅花を迎え入れるために1
それから2日後。思った以上に回復が早く退院できるほどまで回復した忍は、退院手続きを済ませ家に戻っていた。
しかしゆっくりする間もなく家のチャイムが鳴り響き、扉を開ければ手荷物を持った梅花がそこにいた。
「あ、あれ、菊城……くん? その、もしかして退院したて?」
――まさか菊城くんが出てくるなんて……もしかして菊城くんに弟とか兄がいる? いやでも聞いたことないしなぁ……。
「ちょうどさっき退院して帰ってきたところなんだが……そういう空木さんは……? もしかして……」
お互い会うとは思っていなかったからか、顔を見つめては驚いている様子。特に梅花は目を丸くしていた。
「あ、うん。実は、梅花のためになるべく早めに家を離れた方がいいってお父さんが言って、菊城くんの親が快諾してくれたから今日からお世話になることになったの」
――こんな早く決まるとは思ってなかったけど。ていうかめちゃくちゃ嫌そうな顔してるな菊城くん!?
彼女の手荷物――旅行に行くのを彷彿させるキャリーバッグのみだが――からしてもしやとは思っていた忍だがそれがまさに現実となり、心底嫌なのか引きつった顔で汚物を見ているような視線を送る。
2人の会話している声が聞こえたのか、リビングから忍の母親が歩いてきて、2人の間に入ったと思えば梅花に抱きついて歓迎の言葉を言う。
「ようこそ梅花ちゃん! これから暫くよろしくね! あ、足りないものとか欲しいものとかあったら気軽に言ってねなんでも買ってあげるから!」
「えっあっそ、それは申し訳ないですから……」
――お世話になるって言っても訳ありで居候みたいなものだし……。
「遠慮しなくていいの! ……梅花ちゃん今まで辛い思いしてきたでしょう? だからここではせめて幸せに過ごしてほしいのよ。色々とケリが着くまでだけど梅花ちゃんの第2の実家だと思って、ね?」
訳ありだからこそそこまで世話になるつもりでは無いのかドギマギしながら遠慮する彼女。しかし優しく頭を撫でる忍の母親の暖かな言葉に心を動かされ涙が溢れはじめる。
今まで親の温もりをしっかりと身体に感じることも、家族からの優しさを貰うこともなく、何ひとつとして家族らしいことなんてなかったからこそその温もりが、優しさが今まで隠してきた胸の穴を満たし自然と涙が出たのだ。
そして身体を抱きしめる震えた腕のか弱い力と突然濡れる肩、耳元で鼻をすする音が聞こえるが忍の母親は一切動じることなく、ただ彼女の頭を撫でてあげ続けた。
程なくして泣き止んだ梅花は改めて菊城家に招き入れられた。のだが――。
「そういえば母さん、空木さんの寝る場所とかどうすんの?」
「うーんそうねぇ……忍の部屋でいいと思うけど? 来週くらいには忍一人暮らし始めるんだしちょうどいいじゃない。まぁそれまでは……綾と一緒に寝てもらおうかしら。しばらく一緒になるんだし少しは慣れてもらわないとだもの」
手を頬に当て少し考えた後、忍の母親は息子の部屋が近々空くことを思い出し、そこでいいと言う。それまでの間綾と一緒の部屋というのだが、綾は極度のあがり症。他人と目を合わせただけでも人格が変わるというのに、他人を部屋に入れるのは流石に負担が大きいだろう。
しかし、それこそが彼女の目的。しばらく一緒に過ごすのならば、梅花には綾のことを、綾には梅花のことを知ってもらいたいと思いその決断をしたのだ。
そんな決断があっての事など知らない梅花は、彼の妹と一緒に寝ることよりも忍が一人暮らしを始めることに驚いていた。
「え゛!? 菊城くん一人暮らし始めるの!? せっかく実質お泊まり会みたいな感じできて同室で寝てなんやかんや……的な流れまで予想して準備したのに!?」
――あわよくばとか、あんなことやこんなことが起きて付き合うことにとか思ってたのに!?
「色々あったあとの割には元気だなお前……去年には一人暮らしする予定だったんだけど空いてるところがあまりなくてな。ようやく見つけて夏休み入る頃から一人暮らしするんだよ」
「ぐぬぬ……解せぬ……」
――距離縮まってきて、物理的にも縮まったのに! 一緒に生活できるって思ったのにぃ! 菊城くんのこともっと知れるかなって好きなものとか嫌いなものとか、好きな服装とか髪型とかこれから一緒になるんなら色々知りたかったのに!
「あのなぁ……俺らは別に付き合ってる訳じゃないんだぞ、距離縮まっただなんだはまぁいいとして、お前と仲良く過ごす義理はない。ていうかお前意外と重い感じのタイプなのな」
「だあー! 人の心読んで勝手に決めつけるなぁ!」
――エッチ変態スケベ!
「聞こえるんだから仕方ないだろ……! 全く……俺は病み上がりだから部屋でゆっくりしてるから。邪魔だけはするなよ」
トラブルがあり今に至るとはいえ、彼女にとって好きな人と一緒に生活できることは嬉しいもの。しかし幸せな感情に浸るまもなく真実を知り睨みつけるように悔しがる。
その悔しさは本物ではあるが、心では不埒な思いを浮かべており忍は呆れて心から彼女を否定し、彼女の煩さや気持ちから逃げるように自分の部屋へと急いで戻る。
ふと、忍の母親は息子たちの会話にふふっと右手を口元に添えて優しい笑みをこぼし、頬を膨らませている梅花を完全に家の中へと入れてから息子のことを話し始める。
「安心して梅花ちゃん。忍は君のこと気に入ってるみたいよ。今の話からして忍が人の心の声が聞こえること言ったんでしょう?」
「あ、はい……この間、私を助けようとしてくれた時に教えてくれました」
「やっぱり! あの子ったら本当に梅花ちゃんのこと気に入ってるのね~……昔、心の声が聞こえることをお友達に話したことがあるの。あ、それまでは私から周りに言っちゃダメって言ってたんだけどね!」
息子の過去の話を口に出し始めた忍の母だったが、すぐに右手を口元へと持っていき、うっかり昔のことを言ってしまったとアピールする。
しかしいつかは知ることなのだからと「まぁいっか」と彼女は言い、彼女を見つめ話すことを決めた。
その本心は全てでは無いが知る限りのことを伝えて、それでもしも気持ちが変わるのならば梅花には息子のことを諦めてもらうつもりで、続きを語り始める。
「話を戻すと心の声が聞こえることを知ったお友達はそれまで忍とは一緒ってくらいに仲が良かったのに急変して忍を虐めるようになったの。人の心を聞くなんて気持ち悪い。死ねばいいのにって。それからあの子は心を閉ざしちゃってね。もう誰にも関わりたくないとか、なんで俺ばっかりって抱え込むようになったの。そんな子が自分から秘密を打ち明けた……母親としてこれ以上にないくらいうれしいことなのよ。……それで梅花ちゃん、忍が心の声が聞こえるって聞いてどう思ったのか教えてくれる?」
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