第25話/一段落して
「……ここ、は……?」
忍が気が付くと見知らぬ天井が目に映る。微かに電子音が一定リズムを保ち流れているのを耳に感じ、ゆっくりと首を動かす。
「いっ……」
少し動かそうとしただけで彼の首に酷い激痛が走る。それでも動かせない程ではなく何とか音の元をたどると、そこには電子心電図が映し出されていた。機械から伸びるコードは忍に伸びている。
それがあるということは、ここが病院であるのは確か。
彼が意識を失った後、梅花からの連絡で急いで駆け付けた担任の吾妻により助けられ、一命を取り留めたのだ。だが喉にかかった負担は大きく、骨こそ折れていないが動かすだけでも痛みが走る状態になってしまっていた。
ふと左の方に違和感を感じ、痛みに耐えつつゆっくりと反対をむく。そこにはベッドに腕と頭だけ乗せて寝ている梅花の姿があった。
「……はは、昔の俺ならこんな状況になるって考えられないな」
わざわざ起こす訳にも行かず再び前を向いてその言葉をポツリと呟く。
昔の彼ならば面倒事に頭を突っ込むことなどせず、人とちゃんと関わろうとは絶対にしない。だからこそこの状況に、自分が変わったことに小さく笑う。
「んあ……あれ、菊城くん……? なんで私の部屋で寝て……? あれ、私たち同棲してたっけ……? まあいいや……」
「まて空木さん、色々飛躍しすぎだ。俺たち付き合ってすらいないからな?」
忍の声に目を開けた梅花は眠気眼を擦りながら寝ぼけた事を言う。まだうつらうつらとしているのだが、彼女はゆっくりと忍の上に乗っかり彼に抱きついた。
寝ぼけているからか心の声はない。彼女が夢と現実の狭間にいる証拠だ。
「菊城くん……好きだよぉ……えへへ……」
「おま……はぁ……全く人の上で寝るとかどこの猫だ……」
自身が忍に対して抱いている気持ちを口にした途端、彼女は直ぐに眠りについた。
梅花の母親とは違いただ乗っかって寝ているだけなのだから退かすことはできる。しかし狭いベッドの上で強引に退かそうものなら怪我を負いかねない。
ため息を吐き再び天井をぼうっと眺める。
少しして病室の扉が開く音が聞こえる。しかしそれでも梅花は起きず、誰が来たのか見ることもできない。
「おい、梅花。何やってるんだ」
「うぐ……えあ……ひゃぁぁぁぁあ!?!? あぐっ」
――なんで菊城くんがこんな目の前に!?
聞こえてきたのは吾妻の声。彼女も忍の見舞いに来たのだが、病人に乗っかる梅花に頭を抱え強引に脳天チョップで起こす。
直後意識が覚醒した梅花は直前の記憶がない状態で起き、忍との距離が近いことに驚き転げ落ちた。ごすっと嫌な音が聞こえたが、腰を摩っているだけで大きな怪我はない。
「お、忍起きてたのか。体の調子は大丈夫か?」
「ええまあ……首が痛いですけど、それ以外は特に」
「なら丁度いい。私から色々聞きたいことがあるんだが、大丈夫か? 梅花も話に付き合ってもらうぞ」
面会時間は決まっているため手短ながら忍があの後どうなったのかなど色々と説明や事情聴取されることになり。
「――それで、忍はなんでこういうことをしたんだ?」
「……落ち込んでる空木さんを放っておけなかっただけです。なんですか公開処刑ですか」
「違う違う。まあ放っておけなかったって言うのはいいとしてだ。一応梅花と忍は他人同士。お前が梅花の家庭事情に足を踏み入れるべきではないんだ。これは資格云々じゃなく、人と上手く関わるため手段だ。各家庭それぞれに問題があるし完璧な家庭なんてのはこの世に存在しない。ましてお前は高校生だ。他人の家庭事情を解決できるほどの力は持っていないし何かあったときの責任は負えないだろう? その結果がこれだ。今回は私が帰ろうとしてたところで梅花が私を呼んでくれたからよかったものの、今後はちゃんと考えて行動するように」
吾妻の言葉は言い返せないほどの正論。本来梅花の親の問題や家庭事情などは、忍が1人で解決するようなことではなく梅花が学生である限り児童相談所に相談するのが最善策。仮にそれが難しいのであれば先生や、忍の親など大人に相談するべきだったのだ。
そしてこの問題は忍だけではない。転げ落ちた際に痛めた腰を撫でている梅花の方を向いて。
「それと梅花。私はお前の担任であり
先生として、大人として2人に今回の件でより良い判断があったことを今後の糧になるように教えた後、そういえばと再び忍の方を向き。
「梅花の母親は捕まった。事情が事情とはいえやった事は危険なことだからな。それと――」
「あ、それは私から言わせて先生」
――私から言った方がいい気がするし。
梅花の親がどうなったのかをさらっと言った直後、今度は梅花が口を開く。
「えっとねお父さんと菊城くんのお母さんとで話してね。暫くの間菊城くんの家にお世話になることになったの。お母さんにはお父さんからちゃんと話して説得するって。このままだと私はずっと嫌な思いをすることになるし、家に戻ってくるのも怖いみたいだからって……」
――いつも見て見ぬふりしてたお父さんだったけど、ちゃんと見てくれてたんだよね……。
「……は?」
「そんな顔しなくても~!」
――この美少女が1つ屋根の下なんだから素直に喜べよぉ!
確かに彼女は自分の家に入ろうとしてた時、手が震えており恐怖を感じていた。それは今に始まったことではないもので、いつもは“緊張”や“疲れ”として誤魔化していた。
だが本当は親からの扱いがトラウマになり、帰ることも怖いだけ。そしてそれを知っている父親は梅花を親から離すチャンスを伺い続け、ようやく行動に移すことができたのだ。
しかしそれはあくまで忍を除いたお互いの家族間での話。当然忍はうるさい存在が増えることに嫌悪し、険しい顔を浮かべる。
だが夏休みが始まれば忍は独り立ちする。ゆえに険しい顔を浮かべただけで、文句1つ言うことは無い。
そもそも事前に決めている時点で断る事などできない。
「というか吾妻先生が引き取るとかはなかったんですか?」
「私は教師だ。子供がいる教師も中にはいるが、色んな学校を転々とする仕事だから流石に引き取れないんだ。まぁ梅花のためだし、既に決まったことだから我慢してくれ。ということで姉の代わりと言ってはなんだが……改めて梅花のことよろしく頼む。とはいえ流石に今すぐというのは難しいからな日程は追って連絡する」
それじゃあ伝えることは伝えたからと吾妻はそそくさと去り、病室には忍と梅花だけが残った。
「てことでその……よろしくね?」
――色々と迷惑かけるかもだけど……。
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