第24話/梅花を救うために勝負を
「すぅ……ふぅ……」
――自分の家に帰ってきただけで緊張が……。うう手が震える……。
家にたどり着いた2人だったが、梅花が先日とは違い自分の家なのにもかかわらず玄関を開けることに抵抗が生まれており、体が震えている。
彼女1人ならともかく、家の車庫に車があるため母親が家にいるのが確定しており、忍もいるから尚更緊張しているのだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫」
――ちょっと怖いけど……。
緊張をほぐす為に自身の震える手を強く握り、落ち着けと言わんばかりに深呼吸する梅花。もう一度手に力を込め意を決し扉に手を伸ばす。直後、彼女が触れてもいないのに扉が、がちゃりと音を立てて開かれた。
「お、お母さん……た、ただいま……」
――まさか待ってた……? いやたまたまだよね……?
玄関が開いた先には優しそうな笑みを浮かべる梅花の母親が立っていた。だが顔は笑っているのに母親からあふれ出るオーラは怒りそのものであり、その笑みは作り物だとすぐに察することができる。
「あらお帰り梅花。そちらの方は?」
「と、友達……です……その、一緒に勉強しようって私が誘い、ました」
――すごく、怒ってる……怖い……逃げたい……。
梅花の母親は忍のことを一切気にすることなく、梅花を見つめて聞く。先日言ったことをもう忘れたのかと言わんばかりに呆れているようにも見える。“それ”は梅花にとって恐怖であり、詰まる胸を押さえながら途切れ途切れの敬語を使い嘘を紡ぐ。
「そう……えーとお友達くん。この子忘れてるみたいだけど、この後梅花と用事があってね。今日はお勉強会できないのよ……また今度付き合ってあげてちょうだい?」
娘の気持ちなど考えてすらいない母親がそう言った。本人は隠しているつもりだろうが、梅花が友人を連れてきたことに酷く怒りを覚えており、柔らかな声色も忍には獲物を刈り取る虎が牙を剝いているように感じる。まるで縄張りに立ち入るなと言わんばかりの不思議な威圧感に背筋が粟立つ忍だが、彼女の力になるためにここまで来て引き下がるわけには行かないと、彼は。
「……あの、その用事って大事なことですか?」
「……大事なことだけどお友達くんには関係ないわ」
――私のものに手を出させはしないわよ。このごみが。
「なるほど……俺のこれが役立つとは思わなかったな」
覚悟して梅花の母親の心を聞き取っていたが、予想以上の声に驚き俯いてぼそっと言う忍。もちろん彼女には一切聞こえておらず、さっさと隔てようと梅花の腕を強引に引っ張ろうとした刹那、忍が彼女を母親に触れさせないように抱き寄せた。
「梅花さんのお母さん。俺はあなた方から見ると赤の他人で関わる資格はあまりありません。ですが、たとえ赤の他人だとしても、友人が困っているなら助けるべきだと思うんです」
「……それがなにか? まさか梅花が困っているとでも?」
――何も知らないくせに踏み込んでくるなくそがき。さっさと消えてほしいのだけど。
「そうですね困ってます……信じてもらえるかはわかりませんが俺は、人の心が聞こえるんです。梅花さんがあなたのことを怖いと思っていることも、あなたが俺に対して暴言を吐いていたり、梅花を物のように扱っているのも。全部聞こえてます」
「……じゃあ猫を被る必要はないわね。その子を離してちょうだい。ゴミが移る」
――心が聞こえているからなに? それで勝ったつもり? そのままその子を連れてくつもりなら誘拐で訴えるわよ!
「訴えるのはそれができるのなら構いません。ただ、あなたが棚の上にあげている梅花さんに対しての虐待を降ろしてからだと思いますが。それに、梅花さんのためと思うのならちゃんと梅花さんの気持ちを聞くべきだと思います母親なら特に」
「子供を育てたことがないゴミにそんなことをいう資格はないわ」
――それに私は虐待なんかしてない。冤罪も甚だしいわね。
「じゃあ尚更梅花さんの気持ちをしっかり聞くべきでは? 少なくとも自分の親にここまで怯えている子供なんていないと思いますけど」
「あー……話にならない。いいから私の娘を返して――」
「嫌です」
「返してッ!」
このままでは埒が明かない。そう判断した梅花の母親は彼との話で冷静さを失うと突然忍を突き飛ばし、倒れたところで馬乗りになり怒りに任せて忍の首を両手で体重を乗せつつ絞めつける。たとえ相手が女性でも馬乗りをされると抵抗が難しくなる。まして人の弱点である喉を抑えられているのだから余計に力がでない。
「……ッ!」
「よくも私のものを汚したな……よくも、よくも!!!」
「お母さんやめて!!」
「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも!!!!!」
梅花が止めようとしているのを無視し続け、さらにぎちぎちと彼の首が締まる。
呼吸ができなくなり意識が朦朧とし始める中、心臓が強く大きく跳ねているのを感じ抗おうと必死にもがく。だが力が出ないまま彼の意識はぷつっと途切れるのだった。
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