第22話/秘密を明かして

 瑠璃から解放されようやく帰路につく忍。明日、明後日には探りを入れるべきかと悩みながら歩いていると、通りかかった公園のブランコに見慣れた影が横目に映った。


 歩みを戻し改めて確認すると、そこには制服を着たままブランコに座っている梅花がいた。


 俯いて静かにブランコを小さく揺らす姿からはとても悲しそうな様子であると捉えられる。


「瑠璃の言うとおりなにかはあったって感じだな……」


 じっと見つめていても、梅花が忍に気づくことはない。


 いつも元気有り余っており、毎日うるさい程構ってくるからこそ、落ち込んでいる梅花には違和感しかなく、気づけば彼は梅花の前へと歩いていた。


「……あ、菊城くん。偶然だね」

 ――早くいつも通りにならないと……心配されちゃう……菊城くん鋭いし……。


 影が伸びてきてふと顔を上げる梅花。その顔は明らかに嫌なことがあった時のように眉が下がっており、いつものような活気は感じない。いかにも悩みがあるような表情に、以前彼女に言った言葉を口に出す。


「……空木さん。前に言ったよな。困ったことあるなら頼れって」


「……困ってることなんてないよ……? 別に私はなんともないのに、何言ってるのさ」

 ――やっぱりわかっちゃうよね。でも菊城くんごめんね……巻き込みたくないんだ……。


 瑠璃の言った通り、簡単には心の内を明かそうとはしない。だが、忍には彼女の辛い心がはっきりと聞こえている。いつも隠し事は通用しないとばかりに暴いてきたからと、彼は繰り返し言う。

 

「明らかに困って――」


「だからなんともないってば!!」

 ――いつも私の心読んでるみたいな対応するくせに、なんでこういう時だけ鈍感なの……! 巻き込みたくないのに!


 彼の言葉を耳に通すとブランコの鎖を握る力が強くなると同時に感情が爆発する。彼女にしては珍しい怒りの籠った叫びに空気が静まり返る。


 再び俯いて力強く叫んでしまったことに後悔すると直ぐに声が小さくなり、俯いたまま謝罪を述べる。


「あ……ごめん、急に怒ったりして……でもその、本当になんともないから……」

 ――頼むからそっとしておいてよ……菊城くんに言ったってどうせわからないし、何より私の……私の家の問題なんだから。


「…………確かに俺は、空木さんから見ると赤の他人でしかないし空木さんの家庭事情に踏み入るべきではないと思う。でも毎日毎日うざいくらいに構ってきて、俺は距離を置こうとして普通なら嫌われるようなこともしてるのにめげずに構ってくるバカみたいなお前がそんなに元気がないと調子狂うんだ」


 いつも元気が有り余っているような彼女がここまで弱っている。本当に赤の他人なら知ったことではないのだが、彼にとって梅花はもはや切っても切れない友人関係にあると感じている。そのためか彼女が悲観的な考えをしているのが耳に入った瞬間に助けたいと、そのためには自分の心を開かなければならないと考え、今まで秘密にしてきたことを話す決意をする。


 だが直球で言ったところで信用を得ることは難しい。そこで彼女が直前に思っていたことを拾い上げながら彼は話した。


 彼女は誰にも家庭事情のことを言っていないため、彼からその言葉が出てきたことに驚き目を丸くして勢いよく顔を上げる梅花。なんでと声を出そうとしたところで再び忍が話す。


「……俺は人の心が読める。というか無差別に聞こえるんだ。普段は聞こえないふりしながら生活してるけど、空木さんのその透き通っていて真っ直ぐな声だけは俺の耳にずっと入り続けてた。今もそうだ。だから空木さんの辛い気持ちも、俺を空木さんの嫌いなものから遠ざけようとしてくれる優しさも、全部分かってる。そのうえで俺は空木さんに手を差し伸べたいんだ。その結果どんなに辛いことがあってもいい。どんなに面倒なことが待ち受けていてもいい。ただ俺は友達の……空木さんの辛い顔は見たくないんだ」


 過去に自分の秘密を言った結果いじめにあうことがあった。今回もそうなる可能性もしっかりと感じており、静かに続く沈黙に忍の内心では終わったと呟いてしまう。


「……やっぱりキモいよな……勝手に心を覗かれていたなんて。……でも俺の気持ちは本物だから、いつでも頼ってくれ……無理かもしれないけど」


「……菊城くん……その、心読めるどうとかの前に……今のほぼ告白みたいなものでは……?」

 ――わ、私の辛い顔みたくないとか……ていうかもしかして私の好意も……き、気づいてたの!?!?

 

「いや、今のは告白ではないし……その、空木さんからの好意には薄々気づいてはいたけど……」


「馬鹿馬鹿馬鹿! 最低だぁぁ! 乙女心を覗くなんてぇぇ!!!!」

 ――もうお嫁に行けないよぉぉ! ってこれも聞かれて……うわーーん!!!


「ちょ、空木さん落ち着け。たしかに聞いたのは悪かったと思ってる、でも聞かないように心がけてるからいつも……それもあって離そうとしてたんだからな」


「だとしてもだよ! 他人の心に土足で踏み込んでいるようなものだからねそれ!? ……はぁ、でもそっかぁ、そうなると本当に隠し事ができないわけだ……言っておくけど、私の家庭事情に踏み入れるなら後悔しないでね。私は何度も警告したわけだし」

 ――本当は知られたくないけど……まぁほぼバレてるなら仕方ないか……。


「後悔はしない。まぁ俺が勝手にやるだけだからな。あと事情については詳しくは知らないぞ。家庭事情云々は聞こえてたけど、何がどうなってるのかはさっぱりだからな」


「あー……えーと……うーん、そうなると実際に見た方が早いかも……?」

 ――今日はこの時間お母さんいるはずだし。


「空木さんの母親……」


「まぁ、なんとかは百聞にしかずだよ!」

 ――心の声聞こえてるから今ので親関係って……ぬあああ! 恥ずかしい! いや落ち着くんだ、取り乱すな梅花……平常心平常心……菊城くんは何も聞いてない右から左……右から左へ受け流す……よし!


「……それを言うなら百聞は一見にしかずな」

 

 梅花の心の声は全て聞こえているため、彼女が何とか冷静になろうとしているのに頭を抱えつつ、聞いていないフリで彼女の言葉を正す。


 その後、梅花について行く形で再び彼女の家へと向かうのだった。

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