第22話/不安
「ねぇ、菊城。あんた梅に何かした?」
期末テストが無事に終わったある日の放課後、忍は梅花ではなくクラス委員長の瑠璃に捕まっていた。
わざわざ呼び出し、逃げられないように壁に追い詰めて壁ドンしている状態だ。
これが噂の壁ドン……と感動する忍だが、相手が相手のため胸に来るものなど一切ない。それどころか彼女の言葉の意味が理解できていない。
「なんかしたとは?」
「しらばっくれる気?」
「いや本当に心当たりがないんだが」
「しらばっくれる気?」
「お前それしか言えないのかよ……」
「しらばっくれる気??」
「お前どこのNPCだよ。さっきよりも疑問形強調すんじゃねぇよ。というか本当になんの事だよ」
「いや……知らないならいいんだけど……最近梅いつもより塩らしいというか、なんか変なんだよ……話し掛けたらいつも通りって感じなんだけど、梅が1人の時とか凄く悲しそうな顔してるし、それにいつもよりあんたにちょっかいだしてないから。本人は何でもないって言うんだけどさ」
「そういえば……」
忍の隣の席になってから数か月経った今、もはや彼にとって彼女の煩い声は慣れてしまったもので彼女の変化など気づくことすらなかった。瑠璃の言葉に思い更けると確かに梅花から話し掛けられることが激減していることに気づく。
「確かにいつもより大人しい感じだったな……いや俺としてはそれでいいくらいだし別にどうでも――」
「人が真面目に困って聞いてるのにどうでもいいなんて……刺されたい?」
「真面目な話のわりに凶器を持ち出して脅すのはどうかと思うぞ? はあ……でも本当に俺はなんも知らないぞ。ただ……あの後――」
またも凶器になりうる刃物をポケットから取り出した瑠璃を落ち着かせるため、忍は勉強会の後何が起きたのか、そして知っていることを話すことにした。ただ瑠璃は梅花を保護対象として見ており彼女にとって忍は敵のようなもの。そのため事情があるとはいえ家に誘ったことを話すということは彼女の怒りを買うことになる。
つまり――。
「なるほど……そして手を出してあんな感じになったわけだ……やっぱり男ってクズしかいないんだね。てことで刺す」
カチカチカチカチと彼女の手に握られたカッターナイフからゆっくりと切っ先を繰り出し、今にもそれを忍に突き立てまいと殺気だっている。もしもここが学校ではなく、そして法なんて関係ない世界なら既にやられていたかもしれない。その恐怖に背筋を凍らせつつ、誤解をしっかり訂正して一旦の最善策を述べる。
「いやまてこらヒステリック女。手なんか出してないって言ってるだろ。ともかく、だ。ただ体調悪いだけかもしれないし、少し様子を見てみた方がいいんじゃないか? なにも絶対に外からの影響でああなったとは言えないからな」
「……そうだね。確かに私の思い過ごしかもしれないし……ごめんね。でも妹ちゃんいるとはいえ、年頃の女の子を……それも梅を家に引き込んだのは許さないから」
「だからって刺そうとするのはやめてくれ……心臓に悪い。というか本当に刺されたら死ぬからな?」
なんとかヒステリック委員長を納得させることができ、ほっと一息吐く。逃げ場を失わせるための壁ドン状態も解かれ、行き場を失ったカッターはしっかり刃先を戻し彼女のポケットに入った。
「とりあえずしばらくは様子見るとして……でも本当に困ってるようなら助けてあげたいんだけどな……うーん、どうにかして知る方法ないかな……」
そこまで無い胸を押し上げるように腕を組み考え込む瑠璃。探りを入れようとしている時点で、彼女にしばらく様子を見ることはできないと悟る。なんのために様子を見た方がいいと提案したとなど彼女には言っても無駄だと悟る。
心を読まずとも彼女の心境は予想できているのは、忍も梅花がいつもと違うことに心配しているからだ。
故に仕方ないと腹を括る忍は。
「……俺が何とか聞いてみる」
「一番仲のいい私ですら梅の心を引き出せなかったのに? どうせ無理だよ。ざまあおつ」
「お前……助けを求めてるのか敵を作りたいのかどっちかにしろよ……それに一番仲がいいからこそ言えないってことも考えられるだろ」
瑠璃の言う通りで彼が聞いたところで答えなど返ってくることは無い。だがそれは忍も理解していた。ならばどうやって聞き出すのかと言えば、梅花の心の声を聴くことである。もちろんそれを瑠璃に話したところで信用されることはなく、仮に信じたとするなら再び凶器が登場し面倒なことになると推測できる。故に彼は聞いてみるとあながち間違ってもいない嘘を吐き適当な理由を繋げたのだ。
しかし聞いてみると言っても梅花は既に帰宅してしまっている。ならばと彼女の家に行くことを考えていたが、彼女が弱っている原因が本当に体調不良によるものだった場合突然訪問するのは迷惑で申し訳ないと感じ、また後日探りを入れてみることにした。
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