第20話/夕食の誘い
「お、お邪魔します……」
け、今朝と違って緊張が……!
買い物を終えた忍は店内で話していた通り梅花を自分の家に招いていた。
今朝も彼の家に上がっていた梅花だが、その時よりも緊張が強く、柔らかく豊かな表情が自然と固くなっている様子だ。
「あ、空木さん少しリビングで待ってて。綾と少し話してくる」
「あ、うん。わかった」
――帰ってきた報告みたいな事なのかな。ちょっと変わってるなぁ。
「……一応、帰ってきたって報告じゃなくて、ご飯どっちで食べるかを聞くだけだから。綾には色々あるんだ」
階段をあがりながら背後から聞こえた心の声に返事をするかの如く、立ち止まってなぜ綾乃部屋に行くのかを軽く説明する忍。
綾のあがり症は秘密というわけではない。だがだからと言って気軽に他人に話すことでもないため敢えて妹のことを詳しくは言わずにそのまま綾の部屋へと向かう。
その言葉や様子を不思議そうに見つめていた梅花は一瞬小首を傾げたが、何も言わず彼の言うとおりリビングで待つことにしていた。
「綾、いるか?」
「ん……いるよぉ……でも動きたくないからしのにぃが入ってきて……声張るの……む……」
綾の部屋の前に来た忍はしっかりとノックして、綾がそこにいるかを確認する。
小さいながらも部屋から返事が聞こえる。しかし、すぐにその声は小さくなり、やがて聞こえなくなった。
いつも気だるげだからこそ、何とか声を張って返事を返しているが、その気力が長くは続かなかったようだ。
「じゃあ入るぞって……お前なぁ……」
「……えへ」
綾の許可が降り忍が部屋に入った刹那、彼は酷くため息を吐いた。
なにせ彼の目に映ったのは、部屋中に菓子の袋や脱ぎ捨てた服。更にはゲーム機が散らばり汚部屋と化している部屋でそんなの気にもしてなさそうに床で寝転がる妹がいるのだ。
いくらやる気が起きないといっても流石にそこまで行くとだらしないとしか思えない。そして決まって妹の部屋の掃除は
「えへ。じゃねぇ、女子なんだから少しは……こうさあ……はぁ、まぁ片付けは後でいいとして、ちょっと色々あって空木さん来てるんだ。で、ご飯リビングで食べるかここで食べるかどうするのかとな」
「空木さん……? ああなるほど、私のあがり症を考慮してくれたんだ……でもリビングで食べるよ」
「ごめんな綾。あんま無理はすんなよ」
「そんなこと言うなら連れてくるなって……」
ごろんと転がった綾がむっとした顔で言う。
彼女はあがり症により人格が変わる感覚には慣れているが、だからとて変わりたくてなったものではない。そしてそれに関しては忍も理解していることだ。だからこそ、個人的な感情で梅花を家に招いてから綾に対して罪悪感を感じており、綾の言葉にはぐうの音もでないのである。
「いやほんとごめん」
「罰として……今日はしのにぃの部屋で寝るから」
「まあこれは俺が勝手にやったことだし、そのくらいは……まあとりあえずリビングにいるからあとで来いよ」
「わかった」
妹のブラコンぶりにはさすがの忍も呆れている。なんとかして兄離れをさせるべきだと思うものの、今回ばかりは仕方ない。
とにもかくにも、綾の食事についての話が終わり、忍はリビングへと向かう。
「あ、き、菊城くん助けて……」
――菊城くんのお母さん凄いよぉ……。
「忍~! この子この間の子よね? 改めてみると可愛いわねこの子! たしか空木さんだったわよね。どううちに来ない!?」
リビングに入って早々、いつの間にか戻ってきていた忍の母親が目を輝かせ梅花に言葉のマシンガンを放っていた。それについていけない梅花は非常に困った様子で、逃げることもできず涙目で助けを求めていた。
「母さん……空木さん困ってるからそこまでにして……」
「そう? 残念ねぇ……ところでなんで空木さんがうちに?」
息子に止められ興奮を収める忍の母親。頬に手を当て梅花がなぜ家にいるのか首をかしげる。事前に連絡を入れていないため、知らないのも無理は無く忍が梅花に変わって事情を説明する。すると忍の母親は腕をまくり「そういうことなら任せなさい!」と自慢げにキッチンに立った。
「す、すごい元気いいね菊城くんのお母さん……」
――会うの2回目だけどびっくりした……。
「いつもあんな感じだから……すまんな。ところで変なこと聞かれたり、変なこと言ったりしてないよな?」
「あ」
――さっき緊張してたし、色々聞かれててんぱって恋人だって言っちゃった……。
「……はあ、手遅れだったか」
彼女の嘘吐き体質によるものなのかはさておいて、今日も彼女の嘘吐きの被害者が出てしまい、なおかつそれが自身の親であることに忍は頭を抱えてしまう。
ほどなくしてパーティーでも開くのかと思うほどに大盤振る舞いな料理が机の上に並べられる。その頃には綾もリビングにおり、先程の忍の母親のようにハイテンションで根掘り葉掘り聞かれ、嘘が出そうになると忍が間に入り……を何回も繰り返すのだった。
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