第19話/買い出しに行くと

 買い物リストとお金を手に忍は最寄りのスーパーへと足を運んでいた。


 暑い日が続く夏だからか店内は冷房が効いており、外よりもはるかに涼しい。だが長居すると体が冷えて逆に体調を崩してしまいそうな涼しさだ。店員が長袖の服を着ているのも頷ける。


 何度かスーパーを利用したことのある忍でもその寒さは耐えられないがゆっくり買い物ができないほどではない。


「さてと……」


 母親が書き残した買い物メモを見て彼は畜産コーナーを歩いていた。


「およ? また会ったね菊城くん」

 ――まさかこんなにすぐ再会するなんて……もしかして運命!? きゃー! ロマンチックなやつだー!


 突然聞きなれた声が忍の耳に入る。


 わざわざ声をたどり顔を上げなくても、彼女から顔を覗き込むようにして来たうえ心の声から、その声が梅花のであるのは言うまでもない。とはいえ良く通るその声も心からの言葉も彼にとっては未だうるさいものでしかなく。

 

「……はあ」


「まてまてまてまって、なんで人の顔を見てため息を吐くかなぁ!!」

 ――失礼にもほどがあるよ菊城くん!


「そりゃあ……いつもうるさいやつと2度も会ったらさぁ」


「最近はうるさくないじゃんよー!」

 ――ぐぬぬ、菊城くんのことをまだ理解できていないというわけか……。っていや、ライムでたまにスタ爆してるから全然うるさいわ!


 上目遣いで頬を膨らませては不満を言う梅花。彼女の言う通り梅花は忍と話すことは一時的に減っていた。彼女が忍を嫌っているというわけではなく、ただ瑠璃に捕まっていたり委員会、行事など様々な用事が重なった結果である。もっとも連絡先を交換しているためそれを含めればむしろ毎日のように話しているのだが。


「それで菊城くんも買い物?」

 ――私たまにここ利用するけど、何気にあったことないな。


「まあ。おつかいだから、普通に」


「そうなんだ。あ、私も買い物なんだよね。さっきも言ったけど今日親帰ってくるの遅いからさー、夕飯自分で作らないとなんだよ」

 ――でも何にしようか悩んでる真っ最中なんだけどね。いざって時何食べようか本当に悩むよ~、そんなに料理上手いわけじゃないし……面倒だからカップ麺でもいいかなぁ……でも偏るとうるさいしなぁ……。


 歩幅を合わせながら梅花は言う。


 菊城家も両親共働きだが、夜は必ず親がいる状態ではある。しかし彼女の苦労は表情や言葉、忍にしか聞こえない心の声でよく伝わってくる。


 くわえて忍は数週間後には一人暮らしを始める。それからは頻繁に買い物に来ることになり、彼女のように悩むこともあると今になって感じていた。


 だがそれはそれ。これはこれだ。将来の自分を今の彼女と重ねたとして彼女の苦労を和らげることなどできない。


「……そういえば、夜遅くって言うけどお前んとこの親って何時くらいに帰ってくるんだ?」


「え、なになに、私の親に興味あるの?」

 ――あんまり人と接したくないって感じしてた菊城くんが……? 意外だなぁ。


「いや……その、単に聞いてみただけだから」


「そっかそっか。うーん……たしか22時は過ぎるって言ってたかなぁ……でもそれがどうかしたの?」

 ――まさか夜這いに……!?


 彼女の心の叫びに吹き出す忍。突然のことで梅花は驚いていたが今朝のことがあり特に心配はしていない様子だ。


「またむせたの?」

 ――本当に風邪ひいたんじゃ? っていうか店内が寒いからかな。


「大丈夫……むせただけだから。でだ……その、お前がいいなら俺んちで食べるか? 家が思ったより近かったし、一人で食べるよりはいいだろ?」


「なるほど……まさか菊城くんからそう誘われるとは思わなかったし、私のこと考えてくれてるみたいで嬉しいよウェッヘッヘッヘ」

 ――あんなに家に招きたくないみたいな感じで話してたのに、誘ってくれるなんて。


「笑い方がきもいなお前……ていうか別に空木さんのことを考えているわけじゃなくて、ただ、お前って料理苦手そうに見えるし、一人で食べるって想像すると寂しそうだなって思っただけだ」


「考えてるわけじゃないっていう割に考えてるじゃん!?」

 ――菊城くんて実はツンデレ? クールな感じしておいて可愛いかこいつ!


「……うっせ。食べたくないみたいだし、俺はまだ買い物途中だから――」


「食べます食べます! 食べさせてください!」

 ――せっかく誘ってくれたんだし、乗らないと損だよね!


 彼女の指摘に顔を赤くしてごまかすようにそっぽを向く忍。更に怪しまれないように近くにあった精肉商品を手に取り品定めをしながら梅花が家に来ないと決めたような口ぶりで話す。


 だが彼女の答えが曲がることは無かった。

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