第18話/妹簀巻き
結局瑠璃を落ち着かせるために期末テストまで梅花の勉強を見ることになった忍。
平然と筆箱の中から凶器になりうるカッターを取り出した瑠璃を落ち着かせて少しして目を覚ました梅花に今後も勉強を見る約束を交わし忍たちは解散した。
「あ……しのにぃおかえりー……おうちデートどうだったの?」
「だからデートじゃない。っていうか綾もようやく落ち着いたか」
「はっはっは……極度のあがり症はツライ……」
忍が家に帰ると忍の部屋でアザラシのように床で伸びている白いブカブカTシャツ一枚姿の妹が出迎えていた。少女からは昼間ほどの活気は感じられず、心ここにあらずとしか思えないほどジトっとした目からも生力を感じることはできない。だがこれこそが綾の普段の姿である。
少女は複雑な病を患っている。簡単に言うと極度のあがり症で知った顔ならともかく知らない人と話すとまるで人格が変わったかのようになるのだ。それは自覚している本人ですら止めることはできずずっと困っているもの。しかし生活には殆ど支障はなく、性格が引っ込み思案ではないため訪問者の対応はできるがやばいと感じたら家族に助けを求めている。とはいえそもそも来客が来た場合、母親が積極的に出るようにしているのだが。
「まあ勉強はぼちぼちだな。空木さんが途中でダウンしたから、空木さんだけ勉強し直しだけど」
「そうなんだ……そういえば、この間来てた人って」
「空木さんだな。確か空木梅花って名前」
「ふーん、今日その空木さんの後ろにいたのは……?」
「学級委員長。桜木瑠璃」
「なるほど……私としてはお義姉ちゃんは空木さんがいいなあ」
「取り合いしてる前提で話をするな。何度も言ってるけどそういう関係じゃないからな?」
「そういう関係じゃなくても、いつかはなるかもしれないし……?」
ごろごろと転がりながら少女は梅花と瑠璃、どちらを家族に迎えいれるか。忍と相性の良さそうな人はどちらかの話を広げる。しかし話こそすれど色恋に興味の湧かない彼にとって少女の言う『いつか』は絶対に来ない。
「というか綾。いつまで部屋でゴロゴロしてるつもりだ。そもそもいつからいたんだよお前」
「しのにぃが出かけてからかな……。無視されてからあがっちゃったのを落ち着かせるのにゴロゴロしてたらこんな時間になっただけ……」
「無視したのは綾が変なことを言ったからだろ……はあ、ともかくテンション落ち着いたなら自分の部屋か1階に降りて母さんの手伝いでもしてろ」
「えー……わかったぁ……」
と言いながらも転がることはやめず、ついには忍の布団を取り自らすまきになる。
「やっぱりしのにぃの匂い落ち着く……」
「どこがわかってんだよ……全く、お前の友達にこれ見せてやりたいわ……」
「うう……それは困る……わかったよぉ……」
忍の言葉にむくりと起き上がった綾はそのまま自室へと戻る。そう、そのまま。
「おいまて綾。またしれっと俺の布団を持っていくな」
「てへ」
「てへじゃねぇ返せ」
それに気づいた忍はすぐさま綾を捕まえて、綾から布団を引き離す。
もはやよくあることで慣れているのか、引き剥がす手つきは早く、がっちりと巻かれていた布団は一瞬にして忍の手に戻った。
「身ぐるみ剥がされた気分……」
「バカ言ってる暇あったら……はぁまぁいいや。前も言ったけど俺がいない時とか、良いって言った時に俺の部屋でゴロゴロするのはまぁいいとして、せめて布団は持っていくな」
「わかったよぉ……」
布団を剥がされていやらしく細い腕で身体を隠すが、ブカブカの白Tを着ているためか可愛らしいだけでいやらしくはない。そもそも彼らは実の兄妹。変な欲よりも家族としての対応の方が優先される。
しょんぼりとしながら自室へと帰る綾を見送り自分の布団を戻した忍はスマホを持って1階へと降りる。直後、玄関に立っていた忍の母が彼の方を向いて。
「あ、忍! ちょっとお母さん急な仕事入っちゃって買い物いけなくなったから任せていいかしら! 机の上にリストとお金おいてあるから!」
「え……」
「え……じゃないよー。夏休み入ったら一人暮らし始めるんでしょ? その予行練習だと思って!」
帰ってきてまだ数分しかたっていない中で、再び外に出るのは流石に嫌なのか、しかめっ面を浮かべる忍。だがそう思われるのは承知の上だったのかすぐに手を合わせて頼み込んだ。
本来は入学する際に一人暮らしを考えていた忍だが、空いているアパートが無く、今まで引きづっていた。だが夏休み入ってすぐに入居できる場所を漸く用意できたのだ。そのため彼の部屋には生活するのに必要なものしかなく質素だったのである。
もうすぐ一人暮らしが始まるという状況だからこそ、忍の母親が言う言葉は理にかなっており、忍は項垂れながらも母の頼みを聞くことにした。
「そう言われると何も言えなくなるな……ていうか俺が行かなかったら夕飯無しってことか」
「そういうこと! それじゃあ任せたわね!」
そう言って彼の母親は慌ただしく出かけるのだった。
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