第16話/じぇらしー

 しばらくして彼らは梅花の家にたどり着く。


 忍の家からは割と近く、10分くらいしか歩いていない。


 彼女の家は一軒家だが、敷地が大きく、庭や車庫があり不自由なことはなさそうな雰囲気で家自体もシンプルかつお洒落だ。また、中に入ると天井が高く居心地の良い家だと感じる。


 梅花の部屋は2階の階段から右。扉には『UMEKA』と書かれた木製の札が吊るされていた。またその札の下には外出中のプラカードが連なっている。


「こ、ここだよ」

 ――瑠璃ちゃんはともかく、男の子を部屋に招き入れるの初めてだからなんか緊張する……! それも菊城くんだし……!


「……さすがに部屋に入るのはどうかと思うから、リビングでいいんじゃないか? 別に泊まるわけでもないし」


「た、確かに……じゃあちょっと待ってて!」

 ――いつも部屋の中で話したり遊んだり勉強したりするから、リビングでやる発想が出てこなかった……!


 梅花の緊張や心の声から部屋じゃなく、別の場所でいいんじゃないかと提案する忍。まさかそう言われるとは思っておらず一瞬驚愕する梅花だったが、外出中の札を取ってすぐに自分の部屋に入り勉強道具を集める。


 その間に瑠璃が忍に言葉の刃を向ける。


「もしもこのまま梅の部屋に入ってたら私は躊躇いなくきみを刺してた。ちゃんと考えてるんだね」


「考えてるというより、空木さんが緊張してたし委員長がそう言うような気がしたからな」


「ふん。まあいいよ。でももしも、きみの妹さんが言ってたようなことが起きたり指一本でも梅に触れたらその指……いや手を落としてやるから」


「おーこわいこわい」


 「というか、なんで私よりきみの方が頭いいのさ、むかつく」


「絶対委員長の方が頭いいと思うけどな……」


「はぁ? まさか菊城は前のテストの順位見てないの!?」


「ああ。見る必要もないし」


「あー……やっぱり今ぶん殴ってもいいかな。前から委員長委員長って名前で呼ばないのもくそほど腹立つし」


「暴力反対」

 

 2人になった途端口喧嘩が小さく勃発し一方的に瑠璃のイライラが募り始めたところで梅花が部屋から出てくる。


「2人とも仲いいんだね? 何話してるのかわからなかったけど2人になった瞬間からなにか話してたし」

 ――じぇらしー。私なんて菊城くんとそこまで話弾んだこと無いのに。じぇらしー。


「いや別にただ待ってるのもあれだから勉強の話してただけ。ね。菊城」


「……まあ」


 梅花が出てきた瞬間から、殺気のようなオーラがなくなり、まるで別人のように事実を隠す瑠璃。その様子から梅花よりも猫を被るのが得意なのではと思いつつ、合わせておかないとまた面倒になると悟った忍は適当に話を合わせることにした。


 そして彼女たちはリビングへと向かう。


「そういえば、空木さん。両親は?」


「ん? あー……仕事だよ。いやあ物価だから共働きじゃないと生活厳しいんだって。今日は夜に帰ってくるって言ってたかな」

 ――まあ遅いのは極稀なんだけどね。


「世知辛い世の中だな……」


 ふと梅花の家族が一切見えないことに違和感を感じた忍。なんとなく予想こそついてはいたが、気になったからにはと尋ねてみる。答えは予想通りだったが、理由がなんとも世知辛いもので言葉を失った。


 彼女が言う通り、最近の物価高は恐ろしいもの。光熱費、家賃、食費など生活に必要不可欠なもの全てが数年前よりも高騰しているのだ。特に独身の社員ならば無駄遣いさえしなければ暮らしていくこともできなくはないだろうが、家族となると共働きでもしない限り生活は困難になる。それほど今現在の物価高は国民に影響が出ているのだ。


「まあ不自由なく過ごせてるし、お母さん、お父さんには感謝しかないよっと、こんなしんみりした話よりも勉強! 全ては学期末テストで赤点回避するため!」

 ――そして目標は全教科70点以上! 今日お邪魔したけど正式に菊城くんに招待されたいし、遊びたいし!


 まだ心で本音を留められているが、もしもそれが表に出た場合忍は間違いなく瑠璃から色々言われ狙われることになる。故に梅花の後半の声がしっかり心中しんちゅうであることに今回は感謝しかなく、ほっと息を吐いた。


 そして本格的に勉強会が始まり、刻々と時間は過ぎ気づけば部屋の中が夕焼け色に染まっていた。


「く……悔しいけど本当に菊城は頭いいね……教え方も丁寧だし……将来教師にでもなるつもり?」


「ならない。教えるの上手いのは偶然だ。まあたまに綾にも勉強教えてるからその名残みたいなもんだと思うけど」


「だとしてもだよ……少しは自信持ってもいいと思う」


 長時間に及ぶ勉強会だったが、委員長にすら彼の勉強を教える技術には驚き、殺気すら送るほど嫌っている忍のことを褒めていた。


 対して梅花は途中から気絶しており、机の上で伸びている。もちろん2人は起こそうとしたが余程頭を使うことに慣れていないのか中々起きることはなく、今に至る。


「全く、言い出しっぺが気絶するとか……お前本当にテスト合格する気あるのかよ」


「珍しく意見が合うね。でも本当にその通りで私も心配だよ……菊城。流石に梅をこのまま赤点まっしぐらにもできないし、今後も手伝ってよ。その、今日のことは謝るからさ」


「は? なんで? そもそも無理やり連れて来られたんだけど」


「……刺す。絶対刺す。全身刺してその生意気な口を利けなくしてやる」


「平然と凶器を出すのはやめような」

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