第15話/菊城綾

 早くも土曜日を迎え、忍は梅花の家……ではなく家で涼んでいた。

 

 梅花との約束――梅花の家で勉強会をほったらかしているわけではない。そもそも勉強会は梅花が勝手に決めたことで忍は最初から行く気などないのだ。また仮に行くとしても彼は梅花の家がどこにあるのか一切知らない。


「しのにぃ! この間しのにぃが誘拐してきた人来てるよ!」


「人聞きの悪いことを言うな綾……ていうかお前、いつもけだるげなのに他人ひとが来た時だけ生き生きすんな」


「だってしのにぃの彼女さん美人なんだもん!」


「だから彼女じゃねえ……って、ああ空木さんが来てるのか? ……いや、まさかな」


 暑さでなにもやる気が起きず、ただ自室のベッドでくつろいでいた忍のもとに勢いよく走っては人聞きの悪いことを叫ぶ忍の小さな中学生の妹、綾。こんなに生き生きしているが、家のチャイムが鳴り、出かけている母の代わりに外に出るまではいつも通り元気もやるきもない怠惰な体たらくだった。


 そんな少女がそこまで生き生きとしているのは、家に訪れた人物が以前、忍が連れてきた人物だからだ。


 確かに梅花は一度忍の家から担任の吾妻に連れられ帰っている。もしもその時に道を覚えているのならばこうして訪ねてくることができても不思議ではない。だが彼が問題視したのはそれではなく、梅花がここに来たということだ。


 勉強会の予定日は今日。忍は梅花の元へと行ったわけではない。そして梅花は先日、勉強会はと言っていた。それについては嘘偽りはない。


 嫌な予感が彼の胸中を駆ける。

 

「おっじゃまー!」

 ――ここが菊城くんの部屋かー! うんうん、年頃の男の子だからポスターとか……貼ってない……シンプル・イズ・ベストな部屋だ……!?


「邪魔するよ」


「委員長……!?」


「なに、いたら悪い?」


 そして嫌な予感は見事に的中していた。だがそれでも予想外のことも起きていた。それは梅花だけでなく、瑠璃もいることだ。


 梅花が前におり見ていないからと、ゴミを見るような目で睨んでくる瑠璃。梅花は彼女も勉強会に誘うと確かに言っていたが、まさか梅花と共に菊城宅を訪ねてくるとは思いもしない。そのため忍は目を見開いて酷く驚いている様子だった。


「梅、菊城は勉強をする気がないみたいだしやっぱり私たちだけでやろうよ」


「えぇー……ここまで来たのに……? うーんでも、せっかく来たんだしやっぱ菊城くんには参加してもらわないと!」

 ――それに菊城くん教えるのうまいし、実のところ瑠璃ちゃんより頭いいからなあ。


 思わず、絶対俺よりも委員長の方が頭いいだろ。とツッコみそうになる忍だったが、ぐっと飲みこみ咳き込むことで何とか誤魔化した。だがなぜ咳き込んだのか知らない梅花はおろおろと心配する。また綾に至っては風邪でも引いたのかと薬を持ってくるため慌ただしく部屋を出てい言った。


 しかしその咳き込みは風邪ではなくわざとであることを見抜いている瑠璃は忍のことを更に睨みつけて。


「なに仮病使ってるのさ」


「え、仮病なの!?」

 ――騙された!


 日頃噓吐き体質だったり、意図的に嘘を吐いている梅花だが、他人の嘘は見抜けないようでそれが仮病だったことに驚き安心し、しかし嘘を吐かれたことにむっとしている様子だった。


「普通にむせただけだから……」


「そう。それで、菊城も勉強会さんかするよね? 梅が誘ってるんだから参加しないなんてことは無いよね? ね?」


 梅が瑠璃のことを見てないのをいいことに目が笑ってない笑みを浮かべて圧を送る。先ほどは忍なしでと言っていたがもはや忍が参加することに拒否権はないようだ。


「はあわかったよ……」


「やたー! 瑠璃ちゃん連れてきて正解だった!」

 ――にしても瑠璃ちゃんの雰囲気がいつもと違うような気がするけど。まあいっか!


 拒否するとそれはそれで後々面倒なことになる気がした彼は、ため息を吐いて頭を抱えて彼女たちの勉強会に参加する旨を話す。そうと決まればすぐに準備をし始めるのだが彼女たちは手ぶらで来たようで、菊城家で勉強会を開くことはできない。そのため忍は勉強道具一式を通学カバンに詰め込む。


「あれ、しのにぃどっか行くの? まさか彼女とデート!? 風邪ひいてるのに!? というか二股!?」


「風邪じゃなくてむせただけだから。心配してくれてありがとうな綾。あとデートじゃなくて勉強会。二股でもないからな」


「勉強会……ほほう、つまり男1人、女2人が密室……何も起きないはずはなくってちょぉ!?」


 風邪薬を持ってきた綾が忍の言葉に変な妄想をし始めるが、一切触れることなく忍は部屋から出て行った。彼の後ろからスルーされたため綾が変な声を出していたがそれすらも聞こえていないかの如く、家から出る。


「……すまんな、綾は悪い奴じゃないんだ。ただ頭のねじがぶっ飛んでるというか……いつもはぼけーってしてるんだけどな」


「そ、そうなんだ。へえ……」

 ――面倒だし騒ぎ始めるとは聞いてたけど、流石に恋人判定されてたのはびっくりした。


 家を出て直ぐに忍は綾の言葉に対して謝罪を述べる。そういう関係じゃないからこそ変に捉えられ気分を悪くさせたかもしれないからだ。最も気分を害したのではと思ったのは梅花にではなく、瑠璃にだが。

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