第11話/倒れた梅花を助けたら

「ただいま」


「おーおかえ……しのにぃが女連れてきた!?」


「はあ……だから嫌だったんだけど……誤解すんなあや。ただの友達……クラスメイトだ」


 梅花を背負って自宅に帰宅した忍。彼の声でリビングから出てきた忍の妹、菊城綾が死んだ魚の目のように活力が見えない目を丸くして驚いていた。いつもやる気のない綾が珍しく目を輝かせ、兄の言葉を聞かずにぱたぱたと家の中を走りどこかへ向かっていった。


 綾は身長こそ小さいが色恋盛りの中学生だからこそ、兄が何と言おうと女子を連れてきたことに興奮しているのだろう。


「流石に俺の部屋はあれだから……ソファでいいか。どのみち綾のせいで面倒なことになるだろうし」


 リビングのソファに座らせてそっと寝転がす。まだ意識は無いため他人の体を操りながらだが、慣れないことで寝かせるまででかなりの体力を使う忍。


 とりあえず一段落したと、額に流れる汗を拭うと足音が2つ聞こえ。


「ほらお母さん! しのにぃが女連れてきてるでしょ!?」


「まぁ! 忍もとうとうそういうのに興味が! これは赤飯ね!」


 強く開かれた扉の先には栗色のショートポニーを揺らす綾とおっとりとしている忍たちの母親がいた。


 だがおっとりしてるのは見た目だけ。いつもは元気が良く、忍や綾にいいことがある度に赤飯を炊こうとする天真爛漫な母親だ。


 実際は忍が虐められるようになってから、忍に笑って欲しいと面白おかしく話すようになっただけだが。

 

「炊かなくていいから! この子はクラスメイト。勉強教えてって言うから教えてたんだけど帰る時にぶっ倒れたんだ」


「ってことは忍とその子は一緒に帰る仲!? それもう彼女じゃないの! やっぱり赤飯だわ! お父さんにも伝えなくちゃ!」


「おいやめろ! これ以上ややこしくするな! ともかく、こいつは倒れて気を失ってるんだからそんなに騒ぐな。俺は学校に連絡するから」


 母が自身のために変なことを言い始めたのは忍も知っていた。知っていてもそれは忍にとって煩く、しかしせっかく忍のことを思いやってくれたのだから無下にはできないと何も言えないのだ。


 今日もまた息を吐くだけで無下にはせず、一旦廊下へと出てポケットからスマホを取り出し学校へと連絡する。


『で、わざわざ電話なんて何か用か? まさかさっきの反省文書き足りないとかか?』


「いや、そういうことじゃなく」


『じゃあなんだ?』


「空木さんがぶっ倒れて、家に送りたかったんですけど住所知らないので迎えに来て送ってやってくれませんか?」


『うん? まて、話がよく分からないんだが……そもそも迎えに来てってどこにいるんだ?』


「……俺の家です」


『……こう言っちゃなんだが、お前は見かけによらず馬鹿なのか? 先生も忙しい時あるし普通そういう時は体に異常があるかもだから病院に……はぁ、過ぎたことだからまぁいいか。とりあえず今は手空いてるから、今から行くからちゃんと見守ってろよ』


 ぷつんと通話が切れ忍は自分がやった事に後悔していた。


 確かに彼女が倒れたのは熱だけでなくもっと重い病気かもしれずその場合家に運んできたところで無意味。迷惑云々なんて考えず救急車を呼ぶべきだったと。


 だが過ぎたことは仕方ないと言えば仕方なく、忍は母と妹を半ば強引に廊下へと追い出して梅花を見守りつつ吾妻を待った。


 実の所意識ははっきりしてる状態で急に倒れ、もがくように苦しんでいたとかはなく、連れてくる間も息はあり、吾妻と忍が心配するほどの重症ではない。


 しかしその事実を知る人は気絶した本人にしか分からない。


「ぅ……ん……? ここ、どこ……? …………私は、誰……?」

 ――ここどこぉ!? いや、菊城くんいるから菊城くんの家……? え……? 確か私……あるぇ???

 

「今明らかに俺の顔を見てから記憶喪失のフリしただろ……まぁそんなのはいいや。お前俺を追いかけてきてそのまま気絶したんだよ。焦って俺の家で休ませたけど……病院なり呼んでおけばよかったな……とりあえず今は安静にしてくれ。吾妻先生迎えに来てくれるから」


「わ、わかった……あー……気絶してたのか私。いや実の所体調悪くて。あ、でも意識はしっかりしてる方だし熱中症とかはないよ。ただ朝からお腹がねぇ……」

 ――実は結構無理してましたハイ。まぁそんなこと言えないんだけどさ。女にはよくある事だし。


 その心の声を聞いて反応に困る忍。彼は男だから彼女の辛さなど全く知らないものの、『女にはよくある事』で、それが何なのかは直ぐに察した。


 彼女が無理をして気絶した原因は生理痛。人によって重さが違うが、梅花のは重い方だろう。


「あ、気にしないでね。今も辛いけど薬飲めば何とかなるし……」

 ――まぁ即効性ないけど。


「そ、そうか……まあ無理すんなよ」


 かける言葉を見失いその言葉をかけると、家の中にチャイムが鳴り響いた。

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