第5話/本の虫の気持ち?

「――絶望だ。とか嘆いてたのによく俺の元に来る気になるな。お前のメンタルは鋼でできてるのか?」


「私の心はアイアンハートだからね! あれくらい平気よ。どや」

 ――鋼メンタルという名のガラスハートだけどね。ま本当にあれくらい平気だし? 梅花ちゃんは経験豊富だから? どうってことないんだよ? なーんて言えないけど。


「へえ。嘘を吐く暇あるならどっか行ってくれ」


「つ、つれないなあ……!? 嘘ついてないのに……!?」

 ――待って、なんで今の嘘ってわかったの!?

 

 あれから数日。昼休みの時間で忍は図書室にて小説を読んでいた。どこに行っても彼女がおまけのように現れるのだから、ならばと物語の中に入れば周りから聞こえる心の声を遮断する作戦に出たのだ。


 結果はいわずもがな失敗に終わった。しかし集中することで周囲の音を現実から切り離せるのは事実のうえ、それは彼の耳に届く心の声も例外ではない。


 しかし完全に遮断できると言えないのは、彼の前に座り、にまにまと気味の悪い笑みを浮かべて見つめてくる梅花が原因である。彼女の内から響く透き通り張りのある声はどれだけ無視を決め込んでも、聞き流そうと努力しても必ずと言っていいほど彼の耳をつんざく。そのためなるべく距離を置こうとしているのだが、人の気も知らずに忍に近づいては話し掛けるのだ。

 

 それに忍が自身なりの苦手の定義を述べ、追い討ちをかけるように関わりたくないとはっきり言ったにも関わらずだ。そこまで嫌悪を抱かれては近寄りがたく話し掛けることなどしないものだが彼女は何も気にしていない様子だ。自信満々に鋼のメンタルを持っていると自負するだけはある。とはいえそれが嘘だと暴かれたと瞠目を開いており、気焦りをすると嘘を隠すように言葉を紡いだ。だがそれすらも見破ってしまう彼の態度に不機嫌な顔を浮かべた彼女は手足を伸ばして彼に近づく理由を述べる。


「むー……私はさー、菊城くんと仲良くなりたいって思うし、菊城くんいつも1人で寂しそうだしさなんかほっとけないんだよ」

 ――この私が君をぼっちから救ってみせよう! なんてキザなセリフは恥ずかしいから言えないけど!


 一切梅花に興味を持たず本から視線を外さない彼は読書に集中できず、離れても近くに現れ耳障りな声を聴くたびストレスがとなり怒りが募り始めている。これ以上話を続ければ間違いなく爆発してしまうと悟る彼は本のページを捲り、正面で堂々と心を開いてこようとする彼女へ警告と言わんばかりにこう言った。


「生憎、見ての通り俺は本の虫だ。1人の方が落ち着くからさっさとどっか行け。邪魔なんだよ」


「とか言って誰も構ってくれないから本読んでるだけでしょ〜?」

 ――その気持ち私には理解わかるぞ菊城くん!


 どこがだよ。と彼女の自慢げにものをいう心の声に反応した忍は言葉こそ出さなかったが、読んでいる本から彼女へと目線を動かし本当に静かにしろと言わんばかりに睨みつける。


 彼は今までも他人に絡まれたことは何度があり、その度に睥睨へいげいを送れば大抵の人は足並みを揃えて逃げていっていた。それを繰り返し今のぼっちに至るのだが、肝心の梅花に効果は無く口元を緩ませていた。


「ふふ、やっとこっち見た」

 ――このまえあんなこと言って無視もしてたのにちゃんと反応してくれるじゃん。


「本当にそういうダル絡みはうざいな。前も言ったけど関わらないでくれ」


「無理でーす。隣の席だから必ず接点あるし、何より関わるなと言われたら関わりたくなるんですー。逆を突いて絡んでって言っても絡むけどね。つまり菊城くんに拒否権はないのだよ!」

 ――苦手を克服してほしいし、何より隣の席だもん仲良くしたいじゃん!


 忍の言葉に可愛らしく不貞腐れながら自慢げに言う梅花。


 対して威嚇してもなお絡んでくる理由を聞き無性に苛立ちを覚える忍。これ以上彼女に言っても無駄だと知ってはいるが極力関わりたくない一心で三度絡むなと言い捨てる。

 

「……仲良くなりたいならこれ以上絡んでくるな」


「無理でーす。隣の席だから必ず接点あるし、絡むなと言われたら絡みたくなるんですー」

 ――何と言われようと絶対打ち解けるまで絡み続けてやるんだから!

 

 先ほどと似たようなことを頬を膨らませて言う。


 もはや相手にするのも疲れたのか、忍は本へと視線を戻して彼女を無視を徹底する。本に集中していても彼女の声だけはしっかりと届き、読書には完全に集中しきれていない。それでも相手にしなければ勝手に離れるだろうと内容が入ってこない読書を続ける。


 無視を徹底しすぎた結果、昼休みの時間の終了を知らせるチャイムが校内に響いたことに気づかず、ページを捲り続ける。すると上から華奢な手が伸びグイっと小説本を彼の手から抜き取られる。


 ハっとそれを追いかけるように顔を上げると、先程よりもむすっとした表情を浮かべている梅花が。


「むー、ずーっと無視は流石に傷つくって! ていうか授業始まるよ!」

 ――絡まれたくないって言うのはわからないこともないけど、ちょっとは興味持てよぉ!


 機嫌を損ねすこしの怒りが乗った言葉を聞くと直ぐに図書室のスピーカー横にある時計を確認する忍。時計の針から確かに授業がそろそろ始まる時間であると理解すると、慌てて彼女が持つ本を元の場所に戻すべく強引に奪い取る。


「いたっ」

 ――今絶対指切れた……うーんやりすぎたかな、めっちゃご機嫌斜めじゃん……うわ、血出てる……どうしよ。

 

 本を取った瞬間、小さな悲鳴をあげ指を抑える梅花。その指からゆっくりと鮮やかな赤い液体が流れ始めており、忍が取った本が彼女の指を傷つけたのは言うまでもない。


 絆創膏など携帯していない彼女はずきずきと痛み、血が流れる指を強めに抑え静かに焦る心を落ち着かせるため深く呼吸をして速足で図書室から出て行った。


 その様子に背筋を凍らせ、ぴたっと体が止まり今しがた自分がやったことを後悔する忍。謝ろうにも既に彼女の姿は目の前から消えており、罪悪感に襲われたまま本を戻して教室へと戻る。道中彼女がいるのではと思っていたが姿は一切なく、教室に戻っても隣の席は空いていた。


「あれ、空木はどこ行った?」


 授業が始まる直前、教壇に立った教師が、梅花がいないことに気づきクラス全体に問いかける。だが答えが出てくることは無くただ騒がしくなった。誰も知らないとなれば教師が思うのはひとつだ。


「空木がさぼるなんて珍しいこともあるもんだな」と教師が言った直後教室のドアが開かれた。その先には膝に手を当て息も絶え絶えな梅花がいた。


「すみません! 保健室行ってました!」

 ――ギリギリセーーフ!


「保健室行ってたのか? 大丈夫か?」


「大丈夫……じゃないです! 手から大量出血したんで! そりゃあもう指から赤色の噴水が湧き出て床が血色で染まるくらい!」

 ――軽傷とはいえ授業直前だから保険の先生もびっくりしてたけど。


「そのくらいの大事だったらまずこっちに来ないだろ。まあ冗談を言うくらい元気ならいいが……ほら授業始まるから座って」


 笑顔で教室を笑わせるような冗談を言う梅花に、頭に手を当てて呆然とする教師にそう言われると、彼女は自分の席へと戻った。


「そのごめんな」


「いいよいいよ。驚かせた私も悪いから」

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