第4話/『嘘吐き症候群』2

「おはよう菊城くん!」

 ――今日も暗いなあ。いや元気ないのが普通か。ダウナーっぽいもんなー。


「……」


「え、無視!?」

 ――挨拶くらい返してよぉ! 梅花ちゃんショックだよ!

 

 翌日。梅花は忍に興味を持ち、朝の教室で席に座る彼の前で血気盛んに挨拶をする。


 だが忍としてはその行為もとても迷惑極まりなく、必要のない話は極力無視を徹底している。彼にとって彼女に対する挨拶も必要ないと思っているのか昼の休み時間まで何一つとして話を弾ませることも、返事をすることもなかった。


 そして授業にあまり集中できなかった忍は、せめて昼くらいはと直ぐに席を立ち歩き始める。話をしないとはいえ永遠と真横で心の声が聞こえ、更には無視されていてもめげずに話しかけられていたからこそ精神的にも疲労が蓄積してしまい、少しでも心身を休ませようと誰もいない屋上へと向かっていった。


 一方、購買にて昼食のパンを購入し教室へと戻ってきた梅花は彼が消えたことに気づき、不満そうな顔を浮かべていた。

 

「梅ー! 一緒にご飯食べよ〜」


「あー……瑠璃ちゃんごめん! 今日は先約あるんだ!」


「んー先約なら仕方ない……もしかして昨日の?」


「ま、そんなとこ! いつか埋め合わせするから!」


 ずっと無視されていたこともあり、目に見えて避けられていると感じ悲しさと苦しさが同時に襲ってくる。しかしならばと忍を見つけて絶対心を開いてやると意を決すると、教室の端から大きく手を振り呼びかけてきた瑠璃の誘いを断り廊下を走り始める。


 右手に握ったパンの入ったビニール袋が走る動きに合わせて激しく揺られるのが邪魔で仕方なく、走りながら器用にパンをスカートのポケットへと忍ばせ、丸めた袋も同様にしまい込み、息を切らしたまに注意されながらも廊下を駆けた。

 

 その後早くしないと昼休憩が終わってしまう焦りを抱えながらも周囲に忍を見かけたか、どこへ向かったかを聞き出し苦労の末彼がいる屋上へとたどり着いた。


「はあ……はあ……菊城くんみっけ……疲れたあああ……」

 ――いつのまにか居なくなるんだもん、人に聞いてまで探すの疲れた……。


「……はぁ」


「むー。人の顔見て溜息ってなんだよー」

 ――めちゃくちゃ嫌そうにしてる! でも疲労困憊梅花ちゃんには効かないのだ。はっはっはー!


 屋上には忍が床に座っており、器用に膝の上で弁当を食べていた。


 心の声が聞こえてしまう弊害で一番うるさくない屋上に足を運んでいた忍だが、まさか梅花の顔を見るとは思っておらず彼女の顔を見た瞬間しかめ面を浮かべては本音を口に出していた。


 しかし梅花は動じない。表の言葉では不服そうにしているが心では余裕すら見せていた。


 疲れ切った体を休ませるためにも堂々と忍の隣に座ると、スカートのポケットからパンを全て取り出す。強引にポケットに入れたからか全てぐちゃぐちゃにひどい見た目をしており、やってしまったといわんばかりに「やっちゃった……」と頭を押さえて悲しんだが、胃に入れば同じかとポジティブな思考ですぐに立ち直りそれを食べ始めた。


「……あんな酷いこと言ったのによく俺のとこに来られるな」


 黙々と隣でいびつな形のパンを食べる彼女を気にしたわけではないが、ただ食べるためだけに来ただけたとしても他人が近くに、それも2人きりであることに気まずさを感じた彼は突然話を切り出した。


 本当はもう一度逃げるという選択も彼にはあったのだが、それをしたところで彼女は必ず追ってくる気がして無視をすることを諦めたのだ。


「んぐ……げほ……あ゛ーもう……急に話しかけてくるからびっくりしたよ!?」

 ――食べ終わったらこっちから話ししようかなって思ってたのに!


「それは知らん」


 まさか忍から話が始まるとは思ってもみなかった梅花。一瞬喉を詰まらせ胸元を激しく叩き無理やり詰まりかけたものを胃の中へと送り込むと、辛辣なセリフを吐いた彼を横から半目で見つめて言った。


「菊城くんって優しい時もあるし冷たい時もあるよね本当に……ていうかもしかしてこうやってダルがらみされるの嫌?」

 ――嫌だなんて言われても構いまくるけどね。


「はあ……どうせ嫌だとか言って拒絶しても来るんだろ?」


「ぎくり」

 ――本当に心でも読んだのかなってくらいに鋭いんだよなぁ!


 本当に心を読まれているとは知らない梅花。突然考えてることを言い当てられ冷や汗を流すと、少し息を吐いて言葉を続けた。


「うー……昨日今日の関係とはいえ、なんか君には隠し事が通じないみたいだね。……その通り、嫌って言っても付きまとうつもりでしたハイ……」

 ――読まれてる云々より、さすがにそこまでわかってるなら隠し事はあまりできなそうだなぁ。でも私の秘密は何としても隠さないと……私の嘘吐き体質……正確には嘘吐き症候群ライアーシンドロームだっけ……絶対知られたら嫌われるだろうしそれは嫌だし……。


隠し事が通じないと涙目になりながら素直に心の内を話した梅花だったが、それは付きまとうという目的のみ。本当の心の内は未だ奥の方に閉まっており、そしてそれが忍に筒抜けだということは知らない。


「……まぁどう足掻いても付きまとうならどうしようもないし別にいいけど……昨日も言ったけど俺はうるさいのが苦手だ。それと自分の身を滅ぼすような嘘をつく人もね」


「うぐっ……全部私に当てはまるやつ……!」

 ――苦手が昨日より増えてるし、どう考えても私に向けた矛だよね!?


「……もう一度言うが嫌いじゃなくて。つまり


 ――どうして俺はこんなやつの機嫌を取ってるんだ。


 自分の行動に疑問を抱く忍だったが、彼女の心が発した嘘つき体質に興味が引かれ無意識にその言葉が出たことには気づかない。だが発した言葉は嘘ではなくまこと


 苦手と嫌いは似たような意味合いを持つが、苦手であれば嫌いとまではいかないと彼は思っているのだ。というのも苦手はそのものを知ることで苦手ではなくなり、普通。やがて得意、特別など変化が起きる。一方で嫌いはそのものを知ったところで嫌いの感情は消えない。酷ければトラウマや拒絶することだってある。そう考えれば、苦手という概念は確かに好きにも嫌いにもなるのだ。


「つまり私が努力すれば菊城くんは煩いのも大丈夫になるってこと!?」

 ――つまり構いまくれば……いや、うーん……毎日は無理だからなぁ、ちゃんとしないと私の身が持たない絶対! でもその前にいっぱい話せばいいか!


「……やっぱ話しかけないでもらって。お前いつも煩いし、これ以上俺の平穏な日常を壊してほしくないから関わりたくは無いし」


 彼女の体質によりもっと煩くなる時があると知ると、先程の言葉を撤回すると言わんばかりに彼女のことを拒絶する言葉を投げる。


 すると愕然とした彼女は空泣きをして嘆いた。


「それ要するに菊城くんと仲良くなるのは絶望じゃん……!」

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