第3話/『嘘吐き症候群』1
「さては菊城くん、嘘つきだね?」
不思議そうに聞く梅花の言葉に思わず目を見開いた忍。自分のことを何も知らない人に嘘つきだと初めて言われたからではない。実際彼も嘘をついて生活しているからこそ、それを見破られたことに驚いたのだ。しかしすっと我に返ると自身の秘密を隠すように。
「……お生憎様、確かに嘘をついたことはあるけど人並みだよ。というかシンパシーってことは空木さんは嘘つきだってことになるけど」
「あ……え、い、いいいいや! わ、わた私も人並みにだけだし!?」
――鋭いよ菊城くん!? というか今のは普通に私が墓穴掘った! うわーん!
自ら掘った墓穴に気づいた梅花がわたわたと忙しなく墓穴を掘ったことを誤魔化すように手を動かし、必死に弁解する。それでも心では隠せてはおらず、泣きわめくように叫びひどく焦っている様子がうかがえた。
「わかりやす……いつもは平然と嘘をついているくせに」
「え? いつも? 菊城くんとはあまり話したことがないのにそこまで……? もしかしてストーカー……もしもしポリスメン案件?」
――挨拶の時もそうだったけど、結構やばそうな感じだし誰も関わろうとはしないだろうなあ。まあ害はないしいいけど。
「……そんな訳あるか自意識過剰女。そもそも俺はそんなことしないし、誰も君をストーキングなんてしないだろ。あとさらっと警察に電話しようとするな」
あまりにもわかりやすい仕草に息を吐きぽそりと彼は小さく呟いた。しかしここは静かな図書室でお互い近距離にいるのだから聞こえないように発していても当然の如く彼女の耳に届く。
身の毛がよだつような感覚を覚えた梅花は軽く軽蔑のまなざしを向けつつすっとスマホを取り出してどこかに電話をかけようとしていた。
だが彼の言葉に「冗談冗談」と笑いながら電源がついていないスマホの画面を向けてひらひらと揺らす彼女は。
「ていうかストーカされないだろっていうけど私結構可愛いし、容姿にも自信あるんだよ!?」
――中学の時モテたし! あ、さては持たざる者のたわごとか~。モテないから嫉妬してるんだ~へぇぇぇぇぇぇ。
自慢気な顔でどこからか溢れる自信を語る彼女に変な誤解をされつつあり、心の声も本人はその気はないだろうが人を見下すような嫌な言い方で、呆れと怒りが同時にこみあげてくる。表に出してしまえば間違いなく距離を置かれるのは目に見えており、その方がいいとさえ思う彼だがその後の学校生活が苦になるのは望んでおらず喉まで上り詰めた感情をぐっと抑えている。
またその誤解を解こうにも、誤解していると気づけたのは彼女の心の声があってこそ。ここで指摘してしまえば秘密にして過ごしてきた時間が無駄になってしまう。そのためか彼は一切何も言えずにただひたすら我慢するしかなかった。
「ひっどぉ! でもこれでやっぱり君には何か秘密があるってのがわかったよ!」
――ふふーん、覚えてろよ絶対その秘密を暴いてやるんだから!
全くもって彼のことを理解していないが、何かが分かったという自信だけ一丁前でにまにまと気味の悪い笑みを浮かべる彼女は満足げにさっさとその場から去る。
去り際に聞こえた彼女の心からの捨てセリフに酷くため息を吐き、忍は頭をおさえた。
「はぁ……勘のいい奴も俺は嫌いだよ。そもそもお前の方が鋭いじゃねぇか……これだから人間関係は苦手なんだよ……」
どこにもぶつけられない怒りを体の中へと収めながら、彼はおもむろに図書室の窓から見えるグラウンドを覗く。
2階に位置する図書室からの眺めは絶景とは言えないが、逆にひどいとも言えない景色。夜はともかくいつ眺めても空とグラウンド、周囲の住宅や木と変わり映えのない景色に期待など持ってはいけない。
だが彼がグラウンドを見つめだしたのはその景色を楽しむためではなく、放課後のグラウンドに集まる生徒たちの心の声に少しだけ耳を傾けているのだ。
たとえ少し遠くても意識さえすればしっかりと聞こえてくる。そしてそれらの声はほとんどが他者に対しての陰口、悪口。窓を閉めているため本当に行われている会話などは一切わからないが楽しそうに部活を行っているのを見れば、真っ黒な感情はしまわれているのだと感じ取れる。だがこうして人の闇が隠され、本心でもない言葉を紡いでいるように見える様子は何度見ても不快で、人付き合いはしない方がいいと改めて思わされるものだ。
なぜわざわざ自身にとって不快なものを今見たかといえば、梅花との関わり方を考えるためである。過去に共感覚関係による人付き合いで苦い経験をしているからこそ、どういう風に接して自分の身を守れるか思索する必要があったのである。
「……明日は無視するか」
軽くだがグラウンドにいる他人の黒い感情を読み取ったのち、明日からの梅花との関わり方を心に決めると再び外から聞こえる心の声を聞き流すようにして家に帰って行くのだった。
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