第2話/桜木瑠璃は梅花に執着する
自己紹介での忍の挨拶は完全に悪印象を植え付けたようなものだが、忍はそれが目的だった。というのも、人との関わりを減らせるのならば彼は手段など問わず悪印象を持ってもらうことで人との関わりを最低限にできると思っているからだ。
「わっかりやすいほど私を避けてるね菊城くん」
――逆になんでそんなに拒否されるのか気になるんだよなぁ、いや完全にさっきのあれな気がするけど。
「……さっき言っただろ、煩いのは苦手だって」
「つまり私が煩いってことかー。え? なんで?」
――そんなに煩くした覚えはないんだけどなー。そういえば入学式の時もこんなこと言われたような?
忍の言葉に物申したいのか、小声で話す梅花。彼女は忍を見ながら話しているが、彼は一切の興味を持たないのか前を向いたまま彼女を避けている理由を簡潔に話す。まるで他人に興味を示さない冷淡な態度にむすっと表情で怒りを示しているのが横目で見えるがそれすらも気にしていない。寧ろ表情まで煩いのかと悪口を言うほどだ。
その様子を見ていた吾妻が鋭い眼光を飛ばして言った。
「そこ、新学期初日、自己紹介したばかりで喧嘩するな」
「うっ……はーい」
――喧嘩じゃないんだけどね。
きっかけは忍だが、それを掘り出すようにして話しだした梅花にも非がある。そのためか小さく唸り返事をした彼女はむすっと腑に落ちていない顔色で話を中断させると前を向いた。
やがて梅花が持ち前のコミュ力を発揮しクラスの人気者に。対して進学初日から周囲に白い眼を向けられるほどクラスワーストの座を手に入れた忍。
その間に二人が話し合うということなど無くただ時間は過ぎ、早くも放課後になっていた。
「梅ー! 一緒に帰ろー?」
「瑠璃ちゃんごめーん! 今日は無理かも! この時間で勉強しちゃいたいし!」
――毎日一緒に帰るのも面倒だしたまには1人で帰りたい時もあるんだけど変に断ると面倒だしなぁ。
「えーつれないなぁ、勉強なら帰ってからでもできるでしょー帰ろうよー」
「家だとぐうたらしちゃうかもじゃん? だから放課後に勉強した方が捗るの! だからつれないって言われてもなー」
――にしても困ったな……こういう時の瑠璃は折れないなら……。
「あーなら、私も梅を見習って勉強しようかな」
HRが終わり鞄に教科書や筆記用具をしまっているとそんな話が忍の真横で行われる。
座っている梅花の前で話しているのはクラスメイトの
そんな瑠璃と梅花は中学からの仲で、今朝はいなかったが登下校を共にしていることが多く、今日もこうして下校の誘いをしているのだ。
だがその他愛のない会話から聞こえる梅花の心の声が、瑠璃を拒否しているのが忍に伝わってくる。例え申し訳なさそうにしながら笑顔を保っていても彼にはお見通しなのだ。
流石にそこまで嫌そうならばと適当な理由つけて助けるのも考えていたが、彼は面倒臭がり。変に嘘をついて助けるとしてそのあとが絶対面倒なことになると感じ、無視を徹底していた。
「でも私今日の復習だけだから、成績優秀者の瑠璃ちゃんが勉強したところでじゃないかなぁ」
――折れないからまぁそうなるよねぇ……どうしたものか……あんまり自分の時間作れないから全然休められてないのに。
「だからこそ、一緒にしたいの。分からないところとか教えられるでしょ?」
無視を徹底していたのだが、真横で話されているものだから彼女の心を無下にできず。
「……空木さん。先に2人で勉強する約束してましたよね。図書室でいいですか?」
「え、そんな約そ……してたね! うん! してたしてた! いやぁ忘れてたよごめん! ってことで瑠璃、そういうことだから!」
――そんな約束してないけど、菊城くんなら適当なこと言って離れられるから利用させてもらうかな。ちょっと罪悪感あるけど。
せっかく面倒なことを避ける彼が助けたにも関わらず、心では利用しようと悪だくみをする梅花。その気持ちを知られているとは知らずにいる彼女は思い切りの笑顔で軽く謝罪を述べ、瑠璃から逃げるように、やはり助けるべきじゃなかったと後悔している忍を連れて図書室へと向かった。
「……空木さん。確かに友達とかは大切だろうけど、自分の身くらい自分で守って。俺は面倒なのは嫌なんだ。あと、まともな嘘くらい考えておいた方がいいよ」
「図書室に入るなり急に上から目線になったね菊城くん」
――というか今まともな嘘って言った? 私的にはあれが必死の嘘なんだけど、というかなんで嘘だってわかったんだろ。
「上から目線じゃないよ。アドバイス。あんな誰にでもわかるような嘘すぐに見抜かれて面倒になるから。今朝の映画の話もね」
「今朝……って、えぇ!? 聞いてたのキモっ!?」
――盗み聞きとかこいつ大丈夫か?
「あんな大声で話してたら離れてても聞こえるから……でもその調子で俺の事を嫌ってくれればいいから」
「む……思ったんだけどさぁ、菊城くんって私の事避けてるって言うよりは人との関わりを自ら絶ってるよね?」
――なぁぜなぁぜ? ってやつ? ってネタ古いか! っていやいやそういう事じゃなくて、なんで菊城くんはそんなにも他人を嫌ってるんだろ。
「……それが?」
うざいからこそ関わりたくないとばかりに本心を言ってきた態度に機嫌を損ねる梅花は、自身だけではなく他人との関わりを拒んでいるのではと気づき、そのことについて尋ねる。
心の声が聞こえているということは忍にとって最大の秘密。知ってるのは親くらいだ。だからこそ、梅花の心の内で行われている一人ツッコミに笑いを堪えつつ、質問を質問で返す。
「いや、なんて言うんだろ。なんでそんなに自分のことを無下にしてわざと嫌うような真似をしてるのかなって」
――どことなくシンパシーを感じるんだよね。でも私のとは違うし不思議。
「……別に。人と関わるのが嫌なだけだ」
「人と関わるのが嫌なら私を助けるような真似はしないと思うんだよね……うーん……あっ! そうか、なんかシンパシー感じてたのはそういうことか!」
――このシンパシーが何なのか、まるっと解けちまったぜ! 菊城くんは私と同じ、さては……。
正論を言われ思わず身を引いてしまう忍に追い打ちをかけるように梅花は言った。
「さては菊城くん、嘘つきだね?」
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