空木梅花は今日も嘘を吐く〜Utsugi Umeka lies again today〜
夜色シアン
1章
第1話/うるさいあいつが隣の席
春。それは別れの季節であり出会いの季節だ。
目の前には彼とは無縁だと思っていた存在、
そんな彼女が彼に対してなにかをしたというわけでも、彼が梅花に想いを寄せている、はたまたその逆ということでも一切無い。ただただ、忍にとって彼女は非常に
その煩さは表には出していないが彼の
忍から少し離れている梅花が、隣を歩く友人に話しかける。
「そういえば昨日オススメされた映画見たよ〜! 凄かった!」
――まぁ……ゾンビ系無理すぎで見てないけど。苦手って言い難い雰囲気だったし、そもそも苦手って言うとそれはそれで話ついていけなくなるし。というかなんでみんなあんな怖いの好きなの?
「おお! 見てくれたんだ! 凄かったでしょ!?」
「うん! 最後のずばばばってところ快感だったよ!」
――ゾンビ系なんだからドンパチするもんでしょ? ようつべで流れてたのそんな感じだったし。
「ん? ずばばば……? 最後の方にそんなところあったっけ?」
「あれ? 最後の方じゃなかったっけ!?」
――え、最後までボッコボコにしてるもんじゃないのあれ!? パケ的にめっちゃ戦ってるじゃん! それ以外のシーンなんてあるの!? いやないだろ!
梅花の話に疑いの目を向ける友人だったが、彼女の言う場所が終盤ではなく中盤のことであることを思い出しなんとか会話が続いている様子だった。
話が続きほっとしている梅花の言葉が2つも聞こえているのは、忍が人が心で言っている言葉が聞こえる所謂共感覚。もっとわかりやすく言うと能力みたいなものを持っているからだ。
もちろん誰彼構わず聞くことができるのだが、生まれつきの能力のため、今では慣れてしまいある程度は無視できる。そのため周囲にいる人の心の声など忍の耳には一切届いていない。
しかし彼女は違った。
去年の今頃。つまり入学式に彼女の心の声だけ異様に聞こえるのが発覚したのだ。それもその時から誰かに話しかけているかのように煩く、直ぐに誰かを特定して直接煩いと言ってしまったほど。
なるべく彼女には関わらないようにと願っていると、その年は別のクラスとなり殆ど関わることもなくなったため安堵していた。
それは新学期前の春休みでも同じこと。
だからか新学期のこの日に彼女を見た途端、改めて休みが終わるのを告げられたのだと憂鬱になっていた。
「今年も別のクラスだといいけどな……あいつうるさ過ぎるし……はぁ……」
煩いのも悩みどころだが、ザ・陰キャな彼にとって彼女は闇を浄化する太陽の如くとても明るすぎる存在でもある。だからこそ関わりたくないと願うしかないのだ。
しかし、学校に行き着きクラス分けを見た瞬間、彼は酷く絶望した。
「空木梅花……まさかあいつがクラスメイトになるなんて」
「およ? 呼んだ? ……って、入学式の煩い人!?」
――入学式ぶりに見たなぁこの人! でもなんで私の名前を? うーん……気のせいかな、いや、でもちゃんと聞こえたから間違いない!
信じ難い事実にぽつりと彼女の名前を口に出した瞬間、いつの間にか横にいた梅花に顔を覗き込まれ声をかけられる。
忍は誰にも聞こえないような小さな声で呟いていたが、彼女は地獄耳。肩を並べる程の距離ならばしっかりと聞こえてしまうのだ。
「……」
「無視かよっ!? 超絶可愛い私が話しかけたのに!? あ、もしかして煩い人って呼んだの不味かった!? てかなんか言ってよ!?」
――なんで無視!? いや、まぁ当たり前か……? でも呼んでたからなぁ……もしかして前から私のことを……? 好き……? ってそんなわけないかぁー!
忍が通うことになる2-4クラス分け一覧に彼女の名前があった。だが絶望してるのはそれだけでない。進学してすぐは出席番号順で座る。梅花と忍は割と早い出席番号であり、梅花は1、忍は6。縦に1列5人の席配置のため必然的に隣同士になる出席番号なのだ。
席替えがあるためまだ気は楽だが、それでも来年まで同じクラスであることに気が引けてしまい、無視をされたことに対して頬を膨らませて腕を振るなどのオーバーリアクションをしている彼女の言葉は彼の耳には届いていない。
「もしもーし! 聞こえてるー!? 大丈夫ー!?」
――返事がなさすぎて屍みたいだから反応して欲しいんだけど!?
「はぁ……できれば君とは関わりたくなかった。あと俺は煩い人じゃなくて菊城忍だから。それと煩いのは君だ」
「えひどっ!?」
――やっと返事してくれたのになんて酷いことを!? むぅ、私なにか悪いことしたかなぁ……やっぱ人付き合いって難しいもんだねぇ、でも同じクラスなんだしこれからこれからー!
名前を呼んだのだから構ってくれと言わんばかりに言葉を発し続ける彼女に彼は漸く返事を返す。それもあまりにもしつこいからと直球で本心を言葉にした。
突然関わりたくないなど言われ、気分を害したのかむすっとすると、そんなに関わりたくないならと言わんばかりに嫌な顔を浮かべ離れている友人の元へと去る梅花。
しかし彼女の心の声は表情からは伝わってこないほどポジティブな思考で、別に忍の言葉を気にしている様子はない。
ただ彼らはクラスメイトで隣同士なのだから、関わりたくないと言っても始業式、朝のホームルームなど。まず学業の殆どで関わる事になるのだが。
始業式が終わり教室。教壇には白髪が幾本か頭から伸びており、どことなく哀愁、もとい渋めの雰囲気を身にまとっている女性教師職員、吾妻が立っていた。その身なりからクラスの中で大丈夫かこの先生という声が微かに聞こえるが本人は気にせずに話を始めた。
「――さて、まずは自己紹介から。私はこの学級の担任の
「はい! 私は空木梅花です! 好きな食べ物はオムレツ、嫌いな食べ物は特になし! あと趣味は――」
「そんなに長く自己紹介してどうするんだ……はい次――」
呼ばれて立ち上がった梅花は1番目なのにも関わらず自分のペースでありったけを紹介しそうな勢いで自分のことをはきはきと言葉にする。しかし時間がいくらあっても足りなそうなほどの勢いに吾妻は半ば強制的に彼女の話を止め次の人の紹介に進ませた。
まだ言いたいことがあったのにと言わんばかりにご機嫌斜めな顔を浮かべて座った梅花は小さく「ちぇー」と足を振りながら不満を表していた。
そんな彼女をしり目に順番は周り忍の番がくる。
「――次、菊城」
「……はい」
自身の名前を呼ばれた忍は嫌そうに立ち上がり、自分の身を守るためにすっぱりとしかし短くこう言った。
「……俺の名前は菊城忍。苦手なのは煩いものです以上」
梅花と打って変わって直ぐに座った忍。彼の言葉に周りが粛然としていた。
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