第11話 戦争で武術が使われないように

「もう一度」

「はい」

私は何度も何度も酔拳螳螂門の入門型“酔螳螂掌”を兵士に繰り返させた。

小朱にやらせた稽古は自分の道場だけでやっているものであって出張稽古では生徒に套路をやらせる。

生徒と言っても体格の良い兵士ばかりで貫禄がある。

ここは陸軍国家司令本部付属格闘道場である。

「もう一度」

何度も型をやらされるのであからさまに嫌な顔をする兵士もいる。

「李老師、そろそろ自由組手をお願いできませんか?」

一緒に稽古を見ていた格闘道場館長の張飛羽が私の耳元でささやいた。

私はギロリとにらみ返した。

「実戦で兵士たちが敵兵の息の根を止める技を伝授していただきたいのです」

と食らいついてくる館長。

「わしは軍隊が嫌いじゃ」

「それでは老師、何故私どもの指導をしてくださっているのですか?」

「わしの指導料報酬を払うことで軍隊の予算が減って戦争の時、必要な金が、捻出できないようになるためじゃ」

「そうですか…それではこれ以上の給料はお支払いできませんな」

「構わんでくれ。わしはそれでも若者に武の本質を伝えたいんじゃ。そのためだけに来とる。戦争で武術が使われた悲しい歴史を繰り返さんようにな」

「本来ならそんな目的でしたら指導をお断りせねばなりませんが、いかんせん、あの伝説の武術家、郭源光老師の指導を受けられた方は老師だけですからな」

「私の師匠のネームバリューだけでわしを雇っているんじゃな」

「いえいえ、そんなつもりではございません」

「言い訳無用じゃよ。ただ若い奴らは若いだけで可愛い。教え甲斐がある。ちょっと失礼する」

私は套路稽古中の生徒のそばに近寄った。

「ここはもっと手首の返しをコンパクトにするんじゃ。そうでないと敵の手は外せんぞ。力技では相手も力で抵抗してくるからな。わしの手首を掴んで見なさい、こうだぞ。この手首の返しを何度も套路で稽古するんじゃ」

「老師、ありがとうございました!」

返事が揃っていて気持ちがいい。

気持ちがいい青年が私の眼の前から去った事が今も悔やまれる。

小朱をあれほど痛めつけなくても良かったのではないかと自責の念にかられる。

何が私をあれほどまでの鬼の指導者にさせたのかよく考えなければならない。

もう小朱は戻ってこないだろう。

3年ぶりの入門者だったのに自分の我を通したために若い芽を摘んでしまった。

もう花は咲かない。

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