第10話 血の滲む 稽古を弟子に 強要す
「次は敵の打撃を受けてもびくともしない腹筋を作る稽古だ」
「はい」
「この柱に向かって逆立ちをしなさい」
「はい」
「足をくくりつけるぞ」
「はい」
「頭に血が登るが平気か?」
「はい」
小朱は何を言っても”はい“と言う素直な青年だ。
こんな事をやらさせるならまっぴらごめんだど逆ギレして出ていく者もいるのに珍しい青年である。
「床に置いた桶の水を盃ですくって柱の上に取り付けた桶に移し替えるんじゃ」
「はい」
小朱は腹筋を使って下から上へと水を移し替える。
10回を越えた頃から速度が落ち始めた。
「少し休むか?」
「いいえ、まだまだです」
「それでは後10回やったら休憩だ」
「はい」
私も少し歳を取り丸くなった。
以前なら休憩を入れずに桶の水がすべて移し替えられるまで弟子を休ませる事はなかった。
「よし休憩じゃ」
「まだ桶の中の水がすべて移し替えられていませんが」
「途中でくじけないための目標じゃよ。小朱よく頑張った」
「老師がそうおっしゃるのなら休憩します」
「どうじゃ腹に打撃を受けても耐えられるかどうか試してみるか?」
と休憩後に私は訊ねた。
「わしが突いた時に息を吐くんじゃ」
「はい」
私は渾身の力を込めて小朱の腹に突きを入れた。
「フン!」
と息を吐き少し後ずさりする小朱。
「老師、多少はこたえましたが以前のような衝撃はありません。嬉しいです。老師のおかげです」
「小朱の努力の結果じゃよ」
小朱の忍耐力は群を抜いていた。
小朱は腹をなぜながらニコニコしている。
「次は敵の攻撃をよける稽古だ」
「はい」
「今からこの棒の先にグローブをつけて槍の様に突く。それをよけるんじゃ」
「はい」
「行くぞ!」
小朱の身体能力は桁はずれだ。
上段、中段、下段とランダムに私が放つ突きを事もなげにかわして行く。
そろそろスタミナが切れてきた。
10発を越えたあたりでよけられなくなってきた。
顔にあざができ、腹に命中するとうずくまる。
金的に命中するとトントンと飛び上がって痛さをしのぐ。
「もう、降参か?小朱」
「まだまだです」
私は手加減なく突きまくった。
「今日はこれで終わりだ。また明日来なさい」
「はい、ありがとうございました」
と小朱は足を引きずりながら帰っていった。
翌日から小朱は武館に来なくなった。
またやってしまったわい…と私は一人反省する。
私は丸くなったんじゃなかったのか?と自問自答する。
厳しく弟子を指導する時代はもう終わったんだと自分に何度言い聞かせても指導し始めると抑制が効かなくなる。
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