第8話 特例で 弟子入り審査 合格じゃ

「大丈夫です。酒を飲まされたから負けたなんて私は他言しません。純粋に老師の入門審査を受けてみたいんです」

「よし、わかった。もう一度言う。1分間参ったと言わなければ入門だ」

「よろしくお願いいたします」

青年はボクシングのような構えを取ったが脇が甘い。

テレビで見ただけの物まねだとこうなると言うお手本のようだ。

ぴょんぴょん飛んでまったく届かない間合いでジャブとストレートを繰り出す。

私はそれをニヤニヤしながら観察している。

馬鹿にされたと思ったか青年の眉間にシワが寄った。

かなり間合いを詰めてきてストレートを放つ青年。

さすがにこれは避けないわけにはいかないので私は上体をそらしてかわす。

かわした勢いで青年の顔にストレートをお見舞いした。

頭に血がのぼった青年は子供の喧嘩のように左右の腕をぐるぐる風車のように回し向かってくる。

私は難なくかわし青年の背後を取り膝の裏を蹴った。

青年は膝をつき両手を床についた。


私は青年の喉を自分の右肘で極めて左手で青年の頭を前に倒し頸動脈を絞めつけた。

ばたばた私の腕を叩く青年。

「ばいりばじだ」

「それは“参りました”と言ってるのかね?」

「ゴホッゴホッ、ぞうでず」

私はその言葉を聞いて技をほどいた。

「どうじゃ、武術の厳しさを体験できたじゃろ?」

「知らない間に後ろに回り込まれていたのには驚きました。これがストリートファイトなら私は殺されていましたね」

「そこじゃ一瞬の気の緩みが生と死を分ける」

「貴重な教えをありがとうございます。これで諦めがつきました。45秒しか持ちませんでした」

「正確には55秒じゃよ」

「そこまで持ちこたえましたか、私」

「大したもんじゃ、本当なら30秒で片づくんじゃが少し手間取ったわい」

「それでも一分間もたなかった…弟子入り審査失格ですね。身のほど知らずでした。失礼します」

「まあ待て。わしのKO勝ち時間を塗り替えた事は確かじゃ。そして白酒にも飲まれなかった」

「老師は白酒2杯、私は1杯。飲めば飲むほど強くなる…納得しました」

と青年は言う。

「本当に飲めば飲むほど強くなると思うか?」

「はい?」

「ハッハッハ、わしが飲んだのは、ただの水だ。敵を酔わせて我しらふ…これが兵法じゃよ」

と私は笑った。

青年も気恥ずかしそうに笑った。

「よかろう、君は素直じゃ。そしてひたむきだ。特例で弟子入り審査合格じゃ」

「嬉しいです。精一杯頑張ります。よろしくお願いいたします」

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