第7話 酔拳は 飲めば飲むほど 強くなる

扉を開けて入ってきたのは色白で細身の背の低い20代前半くらいの青年であった。

「先程はインターホンで弟子にして下さいなんて不躾な事を言ってすみません。この武術雑誌に載っている老師の記事を読んで入門するなら老師しかいないって思ってたんです。断られたらどうしようと焦って思わず言ってしまいました。どうぞお許しください」

青年の手には私が全香港武術擂台賽で優勝した記事が載っている武術雑誌が握りしめられていた。

おっちょこちょいだが真面目な青年だと言う第一印象だ。

だがここで焦ってはいけない。

どれだけ弟子がいなくても見込みのない者を入門させるわけにはいかないと私は自分に言い聞かせた。

自分の師匠はその高潔な人徳で弟子が集まって来ていたではないか。

道場が経営難だからといって闇雲に弟子を取る事は師匠の遺志を踏みにじる事になる。

慎重に志願者の人となりを吟味しようと決めた。

私は朱譚景青年を舐め回すように上から下まで凝視した。

青年は緊張した面持ちで私の視線に堪えている。


私は青年を試す事にした。

「わしと手合わせして1分間、参りましたと言わなければ弟子入りを許可しよう。まずは乾杯じゃ。酔拳は飲めば飲むほど強くなる」

と言って私はアルコール度数70%の白酒を青年に差し出した。

青年は不思議そうな顔で盃を眺めている。

「なんじゃ酒を飲んだ事がないのか?」

「昨日、二十歳になったばかりです」

「二十歳になるまで飲まないなんて律儀じゃのう。わしは母乳の代わりに酒を飲んどったぞ」

「赤ちゃんが酒を飲んでもいいんですか?」

あ~だめだ…冗談が通じないと諦めて

「とにかく飲んでみたらどうじゃ、乾杯!」

「乾杯!」

と盃を交わし私と青年は一気に飲み干した。

青年は込み上げてくる白酒を手で押さえまた飲み込み顔がどんどん赤くなった。

「そんな赤い顔では戦えんぞ。勝負はお預けじゃな」

「なんのこれしき、大丈夫です。老師にお手合わせいただける千載一遇のチャンスを逃す奴は大馬鹿者です」

「よかろう、そこまでに言うのなら。ただ今日生れて初めて酒を飲む人間を酔わせて勝ったとなったらわしの恥じゃ。門派の名折れじゃわい。もう一杯わしはゆっくり飲むからその間に酔いを冷ましなさい」

と二杯目の白酒に口をつけた。

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