第6話 弟子志願 3年ぶりに やって来た
私は頑固者だ。
自分が修行してきたスタイルでしか指導できない。
弟子時代は血の小便が出るまで稽古した。
今の時代、それが正しいかどうかはわからない。
第二次世界大戦が終わった頃、強くなければ生きていけないと言う潮流があり武術を学ぶことはこの香港では当たり前のことだった。
私の修行時代は師匠が白といえば白、黒といえば黒だった。
私はそれを弟子に強要した。
その結果、よく続いて3ヶ月で辞める、最悪の場合は稽古の途中で帰ってしまう。
根性のある者だけが残ればいいと思っていた。
今の時代、根性のある者は少い。
根性の無い者には冷たい私は師匠ほど弟子思いでないのかもしれない。
私は人の気持ちがわからないのかもしれない。
自分の事しか頭にないのかもしれない。
そんなもやもやした思いをふっきりたくなった。
武館に吊ってあるサンドバッグに拳を打ち込む。
最初はゆっくり、手に当たる感覚が心地よい。
そして徐々にスピードが上がっていく。
汗が武館の床に滴り落ちた。
こうして一心不乱に稽古に励む時、精神のカタルシスを感じる。
もう何分叩き続けているのかすら分からない。
15分のような気もするし、1時間位のような気もする。
拳から血が滲む。
サンドバッグが朱に染まる。
痛みも感じない。
心がふっと軽くなった。
何かの吉兆かもしれないが過去を忘れ未来に投機できるような気がしてきた。
お前が新しい自分に生まれ変わる時は今じゃ…と言う師匠の声が聞こえた。
その声に私はサンドバッグを打つ手を止めた。
サンドバッグが揺れる時のきしむ音がそう聞こえたのだろうか?
揺れが止まり道場は静寂に包まれた。
その時、インターホンが鳴った。
私は手の甲の血を拭い受話器をとる。
「はじめまして、私は朱譚景と申します。李東燕老師の道場でお間違えないですか?」
「はいそうですが」
「良かった、老師がいらっしゃって。私を弟子にして下さい」
いきなり3年ぶりの弟子志願者の声を聞き戸惑ったが
「とりあえずお入り下さい」
と言って私は通話終了ボタンを押した。
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